雪山での一夜から始まるような、始まらないようなお話。
「それに、なんでわざわざ笹本さんがここを売却するのを条件にしたのか気になるんだよなー」
「それは黒歴史を消したいとか?」
「んー、そうかな? 笹本さんにとって、今さらここを二束三文で売っても意味ないだろ?」
「うん、とんでもない資産家だもんね。放置してても問題ないよね」
「じゃあ、どういう意味があるのかなと思って」

 こういうところが進藤の仕事ができるところなんだろうなと思い、おもしろくない。
 私は与えられた情報をそのまま受けとるしかできない。でも、進藤はこうしてその裏にあるものを考えようとする。

 納得いってない顔の進藤と、手分けして内装写真を撮っていった。

(く〜! なんで笹本さんはここを売りたいんだろう?)

 笹本さんの癖のある顔を思い浮かべた。
 悔しくなって、写真を撮りながら私も考えてみる。
 
 まぁ、普通に言って、ここはなかなか売れないだろう。
 初めて来たときにも思った通り、場所が悪すぎる。
 そして、こんな洋館にどんな需要があるんだろう?
 今はしんしんと足もとから冷えてくるし。
 夏は避暑になるかな? それはありかも。

 アルコーブのある白漆喰の壁は凝った装飾が施されていて、本当にオシャレだ。
 他の部屋には暖炉スペースもあった。

 『憧れの洋館で過ごす涼しい夏』

 そんなキャチコピーが浮かぶ。
 部屋数もあるからペンションにするとか?
 でも、観光地が近いわけじゃないから無理があるか……。
 あれ? いつの間にか、売りたい理由じゃなくて、売るための口実を考えてる。

(ん? 口実?)

 自分で考えた言葉に違和感を感じる。
 つい最近、似たようなことを思った。
 
(あぁ、今の開発プロジェクトだ。笹本さんに土地を提供してもらうために、いろいろ見栄えのいい資料を用意させられた。もしかして、笹本さんはあのプロジェクトにこの別荘と同じ違和感を覚えているとか?)

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