雪山での一夜から始まるような、始まらないようなお話。
 土曜の二時十分前に進藤の最寄り駅に着いた。
 彼の家はなにげに近くて、隣駅だ。
 同期会のたびに帰りが一緒になるから、それは知っていたけど、当然、ヤツの家に行くのは初めてだ。

 東改札口に行くと、進藤はすでに待っていて、私を発見して顔を輝かせた。

「よく来たな、夏希」

 進藤は最近、二人のときは夏希と呼ぶようになった。
 許可してないのに。
 まぁ、目くじらを立てるほどのことではないから放置しているけど。

 こっちだ、と誘導する進藤についていくと、十分ほどで、小綺麗なマンションに着いた。
 


「コーヒー淹れるから、その辺に座ってて」

 進藤の部屋は1Kで、モノトーンに近いシンプルで片づいた部屋だった。
 そして、中央には魅惑のコタツがあった。
 コタツ布団はやっぱりモノトーンの北欧柄で、最近のコタツはオシャレなのねと感心する。
 もそもそと入ると、幸せの温もり。

(コタツ買いたいなと思っていたけど、やっぱり買おうかな。でも、抜け出せなくなりそう)

 私がぬくぬくしていると、進藤がコーヒーを持ってきてくれた。

「あ、そうだ。クッキー持ってきたんだ」

 進藤とはいえ、部屋にお邪魔するのに手ぶらもなんだからと駅前で買ってきたんだ。

「ありがとう」

 クッキーの箱を早速開けようとした進藤を慌てて制する。

「ダメよ!」
「え、なんで?」

 キョトンとする進藤に言って聞かせる。

「今夜はカニ鍋なんでしょ? クッキー食べるなら、明日にして」
「ハハッ、どんだけカニ鍋のために準備万端にしようとしてるんだ!」

 笑われたけど、うっかりクッキーを食べ過ぎてしまったら、せっかくのカニが満喫できない。
 進藤は素直に箱から手を離して、横に置いた。

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