雪山での一夜から始まるような、始まらないようなお話。
「じゃあ、勉強しよう」

 私は早速テキストを広げる。

「今、なにをやってるんだ?」
「民法のところ。宅地建物取引士の試験もそう思ったけど、問題がドロドロしてるよね?」
「そうだな。Aに恨みを抱いていたXがYを言いくるめて土地の所得権移転登記手続きしたり、BはCから乙不動産をだまし取ろうと考え……とか」
「推理小説みたいよね」

 土地や建物が絡むと、どうしても大きなお金が動くし、遺産相続で揉めることも多いので、こうした問題ばかりになってしまうんだと思う。

 二人で顔を見合わせ、苦笑いをした。

「進藤は?」
「俺は経済学の短答試験の過去問。結構、数学的要素が多いだろ? 復習しておこうと思って」
「確かに! 公式とかもう忘れちゃってたわ」

 せっかく勉強会なんだからと、私も経済学の方を勉強することにして、二人で真面目に勉強した。
 わからないところをすぐ聞けるというのはいいけど、やっぱり一方的に教わるのが腹立たしい。

(民法のところを完璧にして、今度は私が進藤に教えてやるんだから!)

 新たな意欲が湧いてきたのも勉強会の成果かもしれない。



「そろそろ終わりにして、鍋の準備をしないか?」

 進藤が伸びをしながら言った。
 気がつくと、もう五時過ぎ。なかなか集中して勉強していたわ。

「そうだね」
「と言っても、準備はあらかたできてるんだけどな」
「進藤って料理できるの?」
「普通に自炊してるけど? カニ見るか?」
「見る!」

 わくわくしてキッチンへ行く進藤の後をついて行く。
 彼が冷蔵庫を開けると、中央の棚に大きなズワイガニ様が鎮座しておられた。

「すごい! 立派!」
「だろ? こんだけ大きいからいろんな食べ方ができるぞ。どうする? 刺し身、焼きガニ、カニ鍋、甲羅酒、雑炊……」

 魅惑的な言葉の数々に、じゅるりとよだれが垂れそうになる。

「ぜんぶ!」
「全部か! 欲張りだなぁ。わかった」

 破顔した進藤がズワイガニを取り出した。
 その下の段には、白菜やネギや人参などの切り揃えた野菜が大皿に盛ってある。

「野菜は用意してあるから、カニの準備をするか」
「うん!」

 進藤が手際よくカニを解体していく。
 座って待ってていいと言われたけど、そういうわけにはいかない。
 私は殻に切れ目を入れる役を手に入れた。




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