雪山での一夜から始まるような、始まらないようなお話。
「美味し〜い!」

 カニの刺し身を食べて、その美味しさに私は目を細めた。
 ゆでカニとは違ったねっとりとした甘み、ジューシーさがたまらない。
 二人でいただきますしたはずなのに、進藤は食べもせず、焼きガニ用に出したミニホットプレートにカニを並べたり、鍋の様子を見たりしている。

「進藤も食べなよ。ほら」

 私はカニの脚を取り上げて差し出した。
 目を見開いた進藤が次の瞬間、へにゃっと笑うと、パクッとそれにかぶりついた。

「うまいな」
「でしょでしょ!」

 そう言っている間に、焼きガニが芳ばしい匂いを漂わせてきた。

「もういいかな?」
「もうちょっと待て」

 早く食べたい私を制する進藤。汁が表面でふつふつしてくるまで待たないといけないらしい。

「これはもういいんじゃないか?」

 ジリジリしている私のお皿に、進藤が焼きガニを乗せてくれる。

「ありがとう!」

 早速、カニフォークで身をほじくり出して口に入れる。
 カニフォークまであるなんて、用意がいいわ。

「ん〜〜〜っ、美味し〜い。焼きガニ、最高〜!」

 芳ばしいのに甘くて、カニの旨味がギュッと濃縮されているみたい。
 
(私、焼きガニが一番好きかも!)

 ふと気づくと、口の中に広がる幸せの味に身悶えている私を進藤が楽しそうに見ていた。
 恥ずかしくなった私は、ヤツの口に焼きガニを突っ込んでやった。




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