雪山での一夜から始まるような、始まらないようなお話。
「甲羅酒、味見してみるか?」

 カニ鍋に舌鼓を打ち、だいぶ満腹になってきた頃、進藤が言った。
 ホットプレートの上で、カニ味噌の入った甲羅に日本酒を入れて育てていたのだ。

「する!」

 お酒を控えていた私は当然、甲羅酒なんて呑んだことはない。
 でも、カニ味噌は大好きだし、日本酒は嫌いではない。それが合わさったら、どんな味になるんだろう?
 
 お猪口に注いでもらった甲羅酒をすすってみる。

(なにこれ、なにこれ、美味しい! カニ味噌の濃厚さと炙った甲羅の風味がお酒にうつって、いくらでも呑めそう!)

 思わず、ごくごく呑み干してしまう。

「おかわり!」
「おっ、気に入ったのか? 呑みすぎるなよ」

 そう言いながらも進藤がおかわりを注いでくれる。

「うん、大丈夫。本当はお酒呑めるし」
「そうなのか?」

 それを証明するように、くいっと杯を空ける。
 いい呑みっぷりだなと笑って、進藤がおかわりをくれる。さらに、甲羅にもお酒を補充して、甲斐甲斐しい。
 
(今まで誤解してたけど、進藤、結構いいヤツじゃない?)

「かんぱ〜い!」

 進藤のお猪口にも甲羅酒を注いで、また呑み干す。
 なんだかふわふわしてすごく楽しくなってきた。
 暑くなって、カーディガンを脱ぐ。

「進藤〜、おかわり〜!」
「な、夏希? もう酔ったのか?」

 機嫌よくお猪口を差し出したのに、今度は注いでくれない。ケチ。
 しょうがないから、自分で注いで呑む。

「おい、もうそろそろやめといた方が……」
「おいしい〜、たのしい〜、ねー、進藤?」

 腕を掴んできた進藤の肩をペタペタと叩く。
 お猪口を取り上げられた。

「う〜、ケチ。でも、いいや〜」

 カニをたらふく食べて、美味しいお酒が呑めて、幸せだから。超ご機嫌。
 お礼にぎゅっとしてあげる。
 驚愕の表情の進藤がおもしろくて笑う。

「きゃはは、なんで、そんな顔してるの〜?」

 頬を掴んで近くで見て、またくすくす笑った。
 笑いすぎて、グラッとして、進藤にしがみつく。
 あれれ? 身体がふにゃふにゃになったみたいで、自力で起きていられない。
 進藤が支えてくれたから、安心してぺったり身を任せた。
 
「ん〜、しあわせ……」

 カニ尽くしのご馳走を反芻して、私はつぶやいた。
 そして、そこからぷっつりと私の記憶は途絶えた。

 気がつくと朝。進藤の腕の中で私は横になっていた。

 
 
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