雪山での一夜から始まるような、始まらないようなお話。
「どうやって帰ってきたんだっけ?」

 首をひねっていると、肩を押されて倒された。

「ちょ……」

 抗議しようとしたけど、あまりに真剣な進藤の目に見下され、なにも言えなくなる。

「いいか? よく聞け。俺は吉井さんと付き合っていないし、俺が好きなのはお前だ、夏希!」
「え? セックスじゃなくて?」
「お前な〜。なんでそうなるんだ……。俺が好きなのは夏希! 俺は夏希が好きなの! 夏希が好きだから、触れたいし、エッチもしたいし、いろいろしたい。ったく、何度言ったらわかるんだ!」

 ぼぼぼぼぼと頬が熱を持つ。

「嘘でしょう? だって、吉井さんは? この部屋に来たんでしょう?」
「嘘でこんなこと言うかよ! っていうか、吉井さんが来たのは、お前のせいだ!」
「なんで私?」
「お前がもっと勉強しろなんて言うから、吉井さんが他の参考書を見せてくれって、押しかけてきたんだ。あの子も結構強引だよな。もちろん、戸口で見せて、すぐ帰したぞ?」
「そうなんだ……」

 ほっとしている自分に気づく。
 
(え、待って。じゃあ、本当に進藤は私を……?)

 意識すると、また、かああっと頬が燃えた。

「なんで今さらそんな反応なんだ?」

 不思議そうに頬を撫でられると、どうしていいのかわからない気分になる。
 ソワソワするというか、恥ずかしいというか、胸が熱いというか……。
 進藤のくせにムカつく。

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