雪山での一夜から始まるような、始まらないようなお話。
(あぁ、ダメだ、私……)

 進藤に申し訳なくて、視線を落とした。
 私が言葉に詰まっていると、進藤が溜め息をつく。

(あ、嫌われるかも……)

 そう思うと、グッとみぞおちが重くなって、胸がキリキリ痛んだ。
 でも、こんな私だから、嫌われてもしょうがない。

 それなのに進藤はふっと笑って、なだめるように私の頬を撫でてくれる。
 視線を上げると、優しい瞳。癒やしの顔。
 それだけで、胸に温かいものが広がる。

「そんな不安そうな顔をするなよ。夏希がどうあれ、俺がお前のことを好きなのは変わらないよ。どれだけ片想いしてると思ってるんだ?」
「どれだけ?」
「入社してしばらくしてだから、五年くらい? うわっ、重っ、俺……」

 進藤が私のお腹の上に顔を伏せた。
 わんこがしょんぼりしているようで可愛くて、私はその頭を撫でる。
 
(信じられない。五年も私を好きでいてくれたんだ)

 つい頬がゆるんでしまう。

「そんなに? 全然気づかなかった」
「そうだな。夏希は鈍いからな」
「どーせ……」

 拗ねると、ふいに顔を上げた進藤がニヤリと笑った。

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