極秘出産でしたが、宿敵御曹司は愛したがりの溺甘旦那様でした
雨夜の月に手を伸ばした結果
 八月に入り太陽がさんさんと降り注ぐ中、セミがあちこちで存在を主張している。日曜日、私は緊張で無表情になりそうな顔に笑顔を貼りつけ、茉奈と出かける支度をしていた。

「茉奈、可愛いからこれ着よう」

「やー」

 朝から茉奈の機嫌は最悪で、用意していたワンピースを着たがらない。

「ほら、もうすぐお父さんが迎えに来るよ?」

「やー」

 だめだ、これは。なんだかいつになく心が折れそうだ。

 事の発端は水族館の一件の後、衛士がアパートに初めて泊まった日の朝にさかのぼる。

 この日の朝食はパンケーキにハムエッグとフルーツという内容だった。このメニューは母が生きていた頃によく登場した。

 パンケーキのレシピは母から譲り受けたもので、必要最低限の材料しか使わないシンプルなものだ。

 ベーキングパウダーを入れないので膨らみがなく甘さもないので、逆になににでも合わせやすい。

 衛士は『懐かしいな』と言いつつ食卓についた。付き合っていた頃、衛士の家で振る舞ったら、かなり驚かれたのを思い出す。

 けれど、それから幾度となくリクエストされた。私はお気に入りのメーカーのメープルシロップを少しかけるのが好きだった。

『未亜と茉奈を両親に紹介したいんだ』

 にんじんのすりおろしを加えたパンケーキを頬張る茉奈に、水を与えようとしていたタイミングだった。

 結婚するなら両親への挨拶は必須だ。衛士は父にきちんと挨拶と結婚の報告をしてくれたし、むしろ私の方が動くのが遅すぎたくらいだ。
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