極秘出産でしたが、宿敵御曹司は愛したがりの溺甘旦那様でした
 大学を卒業して杉井電産に入社した私は、忙殺される日々を送っていた。この頃の私は呼吸の仕方さえ忘れていたと思う。

 父からは顔を合わせると結婚話を持ちかけられ、自分の人生が自分のものではないような気さえしていた。けれど、これも杉井電産の社長の一人娘として生まれた私の運命だ。

 そう言い聞かせていたある日、仕事が少し落ち着いた九月の週末を利用し、私は少し遠出して美術館へ向かった。

 モネやルノワールといった印象派を代表する作家の企画展目当で、母の影響で私は絵を見るのが好きだった。

 館内はゆったりとスペースをとって作品を楽しめる造りになっていて、私は一つ一つを丁寧に見て回っていく。

 ここに来るまでに時間をとられ、閉館時間が迫っているのもあるからか人もまばらで、自分のペースで鑑賞する。

 そしてある絵画の前で足を止め、しばらく眺めていたときだった。

『その絵が好き?』

 完全に絵の世界に集中していた私は、驚きで心臓が口から飛び出しそうになる。振り向くと、落ち着いた雰囲気の美青年と目が合う。年齢はおそらく私より年上だ。

 硬直している私に彼はおかしそうに笑った。

『あまりにも長い間、釘付けになっているから、つい』

『ご、ごめんなさい。ご覧になりますか?』

 彼の発言に慌てて一歩下がろうとしたら勢い余ってバランスを崩しそうになる。視界が揺れた瞬間、体に回された力強い腕に支えられ、転倒は免れた。
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