極秘出産でしたが、宿敵御曹司は愛したがりの溺甘旦那様でした
 彼に支えられたと気づいたのと同時に、私は恥ずかしさで顔が熱くなる。

『す、すみません』

『いや、こちらこそ熱心に観ているのを邪魔したな』

 彼の腕が離れ、無意識に触れていた箇所をさする。

『いいえ。母が好きだった絵を前にして色々思い出していて……』

『だった?』

 たどたどしく言い訳する私に彼は不思議そうに返してくる、一瞬、しまったと思ったがもう遅い。

『母は私が小学生の頃に亡くなったんです』

 初対面の男性になにをここまで話しているんだろう。あまり男性と話すのは得意ではないのに。

 さっさとその場を去ろうとしたら、どういうわけか素早く腕を取られた。

『なら、じっくり観ていたらいい。俺はもう行くから』

『あ、あの。あなたもこの絵を観たかったんじゃないですか?』

 手を離し、逆に踵を返そうとする彼に私は早口で尋ねる。すると彼は口角をにやりと上げた。

『そのつもりだったけれど、絵を見ている君の方が気になったんだ。もう十分見させてもらったよ』

 一瞬で体温が上昇したのを感じた。ストレートな物言いは嫌味がなく、余裕たっぷりの言い方は私の胸をざわつかせる。

 いつもなら男性に声をかけられてもまったく相手にしないのに、なぜだか彼は特別だった。この場で別れてしまうのが名残惜しいと思うほどに。

 けれど口には出せない。そもそもなんて言えばいいのか。微妙な沈黙が走った後、口火を切ったのは彼の方だった。
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