極秘出産でしたが、宿敵御曹司は愛したがりの溺甘旦那様でした
『先に閉まった隣のギャラリーはもう見た?』

『あ、いいえ』

 唐突に振られた話題に私は素直に返す。

『この作家の他の作品が飾ってあるんだ』

『え、それは観たかったです』

 お目当ての絵ばかりに気を取られていたが、せっかくなら他の絵もゆっくり見たかった。やはりもっと時間に余裕を持たないといけない。

『きっと気に入ると思うよ』

 彼の笑顔に胸が高鳴る。私は目線を逸らしうつむき気味に続けた。

『教えてくださってありがとうございます。また来週にでも改めて見に来ようと思います』

『なら来週、またここで会えるかな?』

 まさかの彼からの提案に私は勢いよく顔を上げた。それは運がよければ、という話なのか。それとも……。

『名前は?』

『……杉井未亜です』

 妙に緊張して答える。彼の意図がまだはっきりとわからないからだ。

『俺は……高野、衛士。君さえよかったら来週、午後二時にこの場所で』

 私の返事を待たず、それじゃ、と今度こそ彼は去っていく。背筋がピンと伸びて、颯爽と歩く彼の後ろ姿はここにある絵のモデルのどれにも引けを取らない。

 ひとり取り残された私は、しばらく夢見心地で自分に起きた出来事が信じられなかった。連絡先を聞かれたわけでも、はっきりと約束したわけでもない。

 けれどまた来週、ここに来たら彼に会える。絵を見るのが一番の目的だけれど、もうひとつ楽しみができて自然と笑顔になった。

 それが私と衛士との出会いだった。
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