極秘出産でしたが、宿敵御曹司は愛したがりの溺甘旦那様でした
 本当に彼女は純粋に絵を楽しむためにここにやってきたらしい。

「なら、じっくり観ていたらいい。俺はもう行くから」

 ここは一度引くべきだ。そう思ってその場を離れようとしたら、どういうわけか今度は彼女から手を取られる。

「あ、あの。あなたもこの絵を観たかったんじゃないですか?」

 彼女にとってあくまで俺は、美術館を楽しむためにやって来た客だという認識だった。

 未亜には、これをきっかけに親しくなろうとする邪な気持ちは微塵もない。それが新鮮だった。だから俺も変に取り繕わず素直な気持ちを口にする。

「そのつもりだったけれど、絵を見ている君の方が気になったんだ。もう十分見させてもらったよ」

 そこで沈黙が走る。ファーストコンタクトには成功した。これを契機にもう少し彼女と距離を縮めて、自分の計画を実行するべきだ。

 その一方でこれ以上、ここで彼女の邪魔をするべきではないと訴えかけている自分もいる。けれど妙な名残惜しさが、俺に口火を切らせた。

「先に閉まった隣のギャラリーはもう見た?」

「あ、いいえ」

 不思議そうな面持ちをする未亜に事情を説明する。

「この作家の他の作品が飾ってあるんだ」

「え、それは観たかったです」

 残念そうな顔をする未亜は、予想通りの反応だった。また来週にでも改めて見に来るつもりだと話す彼女は、根っからの絵画好きらしい。

「なら来週、またここで会えるかな?」

 狙ったわけでも、計算したわけでもない。ただ純粋にもう一度未亜に会いたいと思えた。
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