極秘出産でしたが、宿敵御曹司は愛したがりの溺甘旦那様でした
 いつもならこんなまどろっこしい誘い方はしないが、下手に彼女に警戒されたくないのもあった。戸惑う未亜にさらに俺は質問する。

「名前は?」

「……杉井未亜です」

 ああ、知っている。けれど彼女の口からきちんと聞きたかった。対する俺は、ここで身の振り方を一瞬、迷った。

「俺は……高野、衛士。君さえよかったら来週、午後二時にこの場所で」

 悩んだ末、俺は朝霧ではなく、母の旧姓である〝高野〟と未亜に名乗った。朝霧という比較的珍しい名字を告げたら、彼女がこちらの正体に気づくと危惧したからだ。

 計画を遂行させるためだけじゃない。未亜との出会いを、お互いの親の立場など関係なく考えたかった。

 来週、彼女は再びここを訪れるだろうか。また出会えるだろうか。こんな不確実なやり方は自分らしくない。けれど、どこかで未亜との縁を信じてみたくなったんだ。

 翌週、無事に美術館で未亜と再会し、やっと連絡先を交換する仲になった。

 あまり好みではない印象派についてあれこれ調べて知識を増やしたのは、未亜の気を引きたかったというより彼女に喜んでもらいたかったからだ。

 未亜が笑うとなんだかこちらも温かい気持ちになる。下心がないわけでも、彼女に近づいた理由を忘れたわけでもない。

 ただ、そんなことを忘れるほど未亜のそばにいるのは心地よかった。

 何度か未亜と会う仲になったが、とことん彼女と俺の好みは正反対だと感じる。
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