極秘出産でしたが、宿敵御曹司は愛したがりの溺甘旦那様でした
 あのときは並ぶのを渋ったのは彼の方だったのに、今は立場が逆だ。

「思ったより濡れて、その後すぐに帰るはめになったんだよな」

 懐かしむ声色に私も素直に頷く。

「私より衛士が濡れちゃったんだよね。それから通り雨に降られてますますデートどころじゃなくて、ふたりで衛士のマンションに行って……」

 同意を求めるように衛士の方に顔を向け、言葉を止める。そういえば初めて彼と体を重ねたのはあのときだった。

 気づくと思った以上に彼の整った顔が近くにあり目が合ってドキッとした瞬間、時が止まったような感覚に陥る。

 彼の動きがやけにスローモーションに感じて目が離せない。ゆるやかに唇を重ねられ、ごく自然に受け入れる。

 しかしすぐに我に返った私はぱっと顔を背けた。恥ずかしさと自己嫌悪で頬が熱くなる。

 今の彼とは恋人でもなんでもない。つい昔話に感傷的になってしまっただけだ。

 自分に言い聞かせていたら不意に衛士の手が伸びてきて、顔の輪郭に添えられたかと思ったら再び強引に彼の方に向かされた。

「未亜」

 低い艶っぽさを孕んだ声で名前を呼ばれ、心臓が小さく跳ねる。触れた指先から伝わる熱が熱くて、彼の瞳に捕まり動けない。

「もう一度、必ず俺のものにしてみせる」

 目を見開いて固まっていると今度は彼から強引に口づけられた。

「ちょっ」

 とっさに抵抗を試みるもすぐさまキスで言葉を封じ込められる。
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