転生うさぎ獣人ですが、天敵ライオン王子の溺愛はお断りします!~肉食系王太子にいろんな意味で食べられそうです~
レオン様は縮こまる私を見て、一瞬目を丸くしたあと、俯いて肩を震わせている。
怒らせたと思いあわあわしていると、レオン様は大きな声を上げて笑い始めた。
「あははっ! リーズ、君って最高だよ!」
「え、えっ?」
目じりに溜まった涙を拭いながら、おかしそうに笑い続ける。
……私、そんなに変なこと言った? 草食小動物が大型肉食動物を怖がるなんて、ごく普通な自然の原理でしょう! 獣人だと、若干話が違ってくるかもしれないけど!
楽しそうな王子と、恐怖で縮こまる私。
このおかしな状況を、周りの人々は頭にハテナマークを浮かべながら見つめている。
「レオン王子! こんなところにいたのですか!」
そこへ、空気を一変させるような声が響いた。声のしたほうを見ると、玄関にひとりの男が立っていた。肩まであるストレートの藍色の髪からは、黄色と黒の縞模様の耳が生えている。目つきの鋭い、厳格そうな虎の獣人だ。紺色の軍服の胸元にあるエンブレムは、国が認定する騎士のマーク。きっと、レオン様の護衛騎士なのだろう。
「やあジェイド。遅かったな」
レオン様は振り向くと、騎士さんに向かってひらひらと手を振っている。
「遅かった、じゃありません。あなたが急に町から姿をくらませて、私は血の気が引いたんすから……! 村のほうへ行ったという目撃情報があったからよかったものの……勝手な行動はやめてください。あなたは一国の王子なのですよ⁉」
騎士さんは周りのことなど気にも留めない様子で、王子に向かって一直線に大股で歩いていった。
「だって、村へ行くと言ってもお前は許してくれなかっただろう?」
「当たり前です。だいたい、陛下からも村へ行く必要はないと言われたじゃありませんか。あなたの婚約者となる権利があるのは、肉小動物系か大型草食動物系の獣人だけ。そのため、ここへ来る理由がありません」
へらへらとしているレオン様に、騎士さんはきっぱりと言い放った。じゃあ彼は、本来なら村へ来る予定はなかったってこと?
「えーっ! やっぱりそうだったんだ。だったらリーズへのプロポーズはなんだったの!」
ドア横に立ったままでいたマリルーが、ふたりの会話を聞いて不満げな声を上げる。マリルーの言葉を聞いて、騎士さんの耳が大きくピクッと動いた。
「……王子。今のはどういうことですか? プロポーズをしたと、このフェレットの娘が言っておりますが」
「フェレットの娘って、あたしにはマリルーって名前がちゃんとありますぅっ!」
「ああもう! あなたはうるさいから黙ってなさい!」
細かいことに突っかかるマリルーに、騎士さんは煩わしそうに言い返した。マリルーは頬を膨らませ、ぷいっと騎士さんから顔を背ける。大型肉食動物相手にたいした根性だと、おもわず感心してしまった。
「で、誰が誰にプロポーズしたのです?」
「僕が彼女に結婚を申し込んだんだよ。なにか問題があるかい?」
「……この娘に、王子が結婚を?」
騎士さんにキッと睨まれ、肩がびくりと跳ねる。三白眼の水色の瞳が、私の全身を舐めるように見た。こ、怖い。私、今世ではライオンなく虎の餌食にされちゃうかも。
「問題しかありません! 彼女はうさぎの獣人です! ご自身の身分を弁えてください!」
「ひっ! す、すみませんーっ! きちんとお断りしましたから、許してくださいぃ!」
「え? いや、あなたでなく王子に言ったのですが……」
私の早とちりで、コントのような展開になってしまった。私たちのやり取りを見て、レオン様はケラケラと楽しそうに笑っている。
「王子! なにをのんきに笑っているのですか! とにかく、うさぎと結婚などという冗談はやめてください」
「冗談じゃないよ。僕は本気だ」
そう言うレオン様の声色は今までより低く、口調も軽いものではなかった。
――冗談じゃないのが、こっちからしたら冗談じゃないわ!
「……本気なのでしたら、あきらめてください。彼女も身分を弁えて、あなたの申し出をお断りしたのでしょう? 変に期待をさせるのはよくないと思います」
私が身分の差で王子をあきらめたかのような言い方は、ちょっぴり癇に障ったが、この場が収まるならもうなんでもいい。とにかく早く、家から……いや、村から出て行ってほしい。私の心の平穏を返してほしい。
「はぁ。わかった。今日は一旦引くよ。そろそろ帰らないと両親がうるさそうだしね」
「そうですね。婚約者探しは、また後日仕切り直しということで。……村のみなさん、お騒がせいたしました。さあ王子、行きますよ」
家の周りに集まっている村の住人たちに、騎士さんは軽く頭を下げると、こちらを振り向き私にも小さく一礼した。
レオン様はしぶしぶ立ち上がると、騎士さんと一緒に家を出ていく。さすがに見送りはしなければ無礼だと思い、私も身体を起こして外に出た。
「リーズ、ふらついているぞ。顔色もよくない」
「そ、そう? ずっと座り込んでいたから、足がうまく動かなくて」
ベルに心配されながら、村の入口まで、村人全員総出でふたりを見送る。
去り行く背中を見てほっと胸を撫でおろしていると――王子が振り返り、私のもとへ駆け寄ってきた。
まだなにかあるの⁉
身構えて身体を強張らせると、レオン様は私の耳元に唇を寄せた。
「……またね。リーズ」
やけに色気のある声でそう囁くと、王子はにこりと微笑んで、村をあとにした。
――〝またね〟って、また来るつもりなの?
完全に、私は彼の獲物としてロックオンされてしまった。
「ねぇリーズ! 最後になんて言われたの! てかすごいじゃん。あのレオン様に見初められるなんて!」
すぐさまマリルーが話しかけてきたが、あまり頭に入ってこない。
どうやら今世でもまた、私はライオンに追われる運命にありそうだ。そう思うと、自慢の耳が力なくだらりと垂れた。
――神様、お願いです。多くは望みません。今の生活を続けられたら、私はそれで満足です。だからどうか、二度と王子が私のもとへやって来ませんように。
両手を合わせながら、心の中で、私は強くそう願ったのだった。
怒らせたと思いあわあわしていると、レオン様は大きな声を上げて笑い始めた。
「あははっ! リーズ、君って最高だよ!」
「え、えっ?」
目じりに溜まった涙を拭いながら、おかしそうに笑い続ける。
……私、そんなに変なこと言った? 草食小動物が大型肉食動物を怖がるなんて、ごく普通な自然の原理でしょう! 獣人だと、若干話が違ってくるかもしれないけど!
楽しそうな王子と、恐怖で縮こまる私。
このおかしな状況を、周りの人々は頭にハテナマークを浮かべながら見つめている。
「レオン王子! こんなところにいたのですか!」
そこへ、空気を一変させるような声が響いた。声のしたほうを見ると、玄関にひとりの男が立っていた。肩まであるストレートの藍色の髪からは、黄色と黒の縞模様の耳が生えている。目つきの鋭い、厳格そうな虎の獣人だ。紺色の軍服の胸元にあるエンブレムは、国が認定する騎士のマーク。きっと、レオン様の護衛騎士なのだろう。
「やあジェイド。遅かったな」
レオン様は振り向くと、騎士さんに向かってひらひらと手を振っている。
「遅かった、じゃありません。あなたが急に町から姿をくらませて、私は血の気が引いたんすから……! 村のほうへ行ったという目撃情報があったからよかったものの……勝手な行動はやめてください。あなたは一国の王子なのですよ⁉」
騎士さんは周りのことなど気にも留めない様子で、王子に向かって一直線に大股で歩いていった。
「だって、村へ行くと言ってもお前は許してくれなかっただろう?」
「当たり前です。だいたい、陛下からも村へ行く必要はないと言われたじゃありませんか。あなたの婚約者となる権利があるのは、肉小動物系か大型草食動物系の獣人だけ。そのため、ここへ来る理由がありません」
へらへらとしているレオン様に、騎士さんはきっぱりと言い放った。じゃあ彼は、本来なら村へ来る予定はなかったってこと?
「えーっ! やっぱりそうだったんだ。だったらリーズへのプロポーズはなんだったの!」
ドア横に立ったままでいたマリルーが、ふたりの会話を聞いて不満げな声を上げる。マリルーの言葉を聞いて、騎士さんの耳が大きくピクッと動いた。
「……王子。今のはどういうことですか? プロポーズをしたと、このフェレットの娘が言っておりますが」
「フェレットの娘って、あたしにはマリルーって名前がちゃんとありますぅっ!」
「ああもう! あなたはうるさいから黙ってなさい!」
細かいことに突っかかるマリルーに、騎士さんは煩わしそうに言い返した。マリルーは頬を膨らませ、ぷいっと騎士さんから顔を背ける。大型肉食動物相手にたいした根性だと、おもわず感心してしまった。
「で、誰が誰にプロポーズしたのです?」
「僕が彼女に結婚を申し込んだんだよ。なにか問題があるかい?」
「……この娘に、王子が結婚を?」
騎士さんにキッと睨まれ、肩がびくりと跳ねる。三白眼の水色の瞳が、私の全身を舐めるように見た。こ、怖い。私、今世ではライオンなく虎の餌食にされちゃうかも。
「問題しかありません! 彼女はうさぎの獣人です! ご自身の身分を弁えてください!」
「ひっ! す、すみませんーっ! きちんとお断りしましたから、許してくださいぃ!」
「え? いや、あなたでなく王子に言ったのですが……」
私の早とちりで、コントのような展開になってしまった。私たちのやり取りを見て、レオン様はケラケラと楽しそうに笑っている。
「王子! なにをのんきに笑っているのですか! とにかく、うさぎと結婚などという冗談はやめてください」
「冗談じゃないよ。僕は本気だ」
そう言うレオン様の声色は今までより低く、口調も軽いものではなかった。
――冗談じゃないのが、こっちからしたら冗談じゃないわ!
「……本気なのでしたら、あきらめてください。彼女も身分を弁えて、あなたの申し出をお断りしたのでしょう? 変に期待をさせるのはよくないと思います」
私が身分の差で王子をあきらめたかのような言い方は、ちょっぴり癇に障ったが、この場が収まるならもうなんでもいい。とにかく早く、家から……いや、村から出て行ってほしい。私の心の平穏を返してほしい。
「はぁ。わかった。今日は一旦引くよ。そろそろ帰らないと両親がうるさそうだしね」
「そうですね。婚約者探しは、また後日仕切り直しということで。……村のみなさん、お騒がせいたしました。さあ王子、行きますよ」
家の周りに集まっている村の住人たちに、騎士さんは軽く頭を下げると、こちらを振り向き私にも小さく一礼した。
レオン様はしぶしぶ立ち上がると、騎士さんと一緒に家を出ていく。さすがに見送りはしなければ無礼だと思い、私も身体を起こして外に出た。
「リーズ、ふらついているぞ。顔色もよくない」
「そ、そう? ずっと座り込んでいたから、足がうまく動かなくて」
ベルに心配されながら、村の入口まで、村人全員総出でふたりを見送る。
去り行く背中を見てほっと胸を撫でおろしていると――王子が振り返り、私のもとへ駆け寄ってきた。
まだなにかあるの⁉
身構えて身体を強張らせると、レオン様は私の耳元に唇を寄せた。
「……またね。リーズ」
やけに色気のある声でそう囁くと、王子はにこりと微笑んで、村をあとにした。
――〝またね〟って、また来るつもりなの?
完全に、私は彼の獲物としてロックオンされてしまった。
「ねぇリーズ! 最後になんて言われたの! てかすごいじゃん。あのレオン様に見初められるなんて!」
すぐさまマリルーが話しかけてきたが、あまり頭に入ってこない。
どうやら今世でもまた、私はライオンに追われる運命にありそうだ。そう思うと、自慢の耳が力なくだらりと垂れた。
――神様、お願いです。多くは望みません。今の生活を続けられたら、私はそれで満足です。だからどうか、二度と王子が私のもとへやって来ませんように。
両手を合わせながら、心の中で、私は強くそう願ったのだった。