転生うさぎ獣人ですが、天敵ライオン王子の溺愛はお断りします!~肉食系王太子にいろんな意味で食べられそうです~
ベルもそれに気づいたようで、訝しげに眉をひそめる。
外のざわざわとした人の声は次第に大きくなっていき、止む気配はない。なにが起きているのか気になった私はホットケーキは後回しにして、一度外の様子を窺うことにした。
玄関のドアそーっと開ける。すると、ありえない光景が視界に飛び込んできた。
サラサラの金髪を風になびかせ、見たことのない高価そうな服を身にまとい、颯爽と歩いているひとりの男――。
あまりのスタイルのよさと綺麗な顔立ちに、おもわず目を奪われる……が、彼の頭に生えている黒色の先の丸い耳と、ピンと伸びた長い尻尾を見た瞬間、私の心臓が大きく跳ねた。
――あ、あれはライオンの耳と尻尾の形。だけど毛色が黒ってことは……間違いない。彼がレオン様だわ!
鼓動が早まる。これは決してときめきの鼓動ではない。言うならば、緊張と恐怖が入り混じったドキドキである。
さっきも言ったが、私は前世のトラウマでライオンが苦手なのだ。
今までライオンの獣人なんて、雲の上の存在で関わることがなかった。それが逆に、私としてはありがたかったのだ。それなのに――なんでレオン様が村にいるの⁉
私はドアをバタンッと閉めると、ドアを背もたれにして深呼吸をした。
「……どうしたのリーズ? なにかあった?」
「へっ? い、いや……まさかとは思うんだけど……レオン様が村に来てるみたいで」
「えぇっ⁉ 王子が⁉」
マリルーはものすごい勢いで走り出すと、私を押しのけて外へ飛び出した。
「きゃーっ! 噂をすれば本物のレオン様が! なにしてるのよリーズ、行くわよ!」
「わ、私は大丈夫だからっ……」
そう言っているのに、マリルーはお構いなしに私の腕を掴んで強引に王子のほうへ向かわせる。
レオン様の周りにはすでに人だかりができており、村の女性たちはみんな目がハートになっている。レオン様はそんな住人たちに、にこやかな笑顔を振りまいていた。……もっと怖そうな人かと思っていたが、案外そうでもないのだろうか。いや、どちらにせよ、私にとっては怖い存在以外の何者でもない。
「ここに王子が来てるってことは、あたしたちも婚約者探しの対象ってことよね? だったらアピールしないと!」
「ちょっとマリルー! 私はいいってば……! って、聞いてる⁉」
私の腕を掴んだまま、マリルーはずかずかとレオン様のもとへ歩いていく。どんどん近づく王子との距離に、私の心臓はまたバクバクし始めた。
「レオン様ぁ―っ!」
王子を囲む人だかりの輪に入ると、マリルーが大きな声で彼の名を呼ぶ。すると、レオン様が私たちのほうを振り向いた。
「……っ!」
ばっちりと、王子のオレンジ色の瞳と目が合う。おもわず息を呑み、勝手にうさ耳がピクリと反応した。
――た、食べられる!
ただ目が合っただけなのに、頭の中で警報が鳴り響くような音がした。
「ごめんマリルー……。私、家でベルと待機してる」
「えっ? ちょっとリーズ、いいの⁉ こんなこと、二度とないかもしれないよ!」
その場から走り去る私に向かって、マリルーがそう叫んだ。
二度となくたってかまわない。それどころか、早く村から出て行ってほしいとすら思っていた。
「……なんだ。もう戻ってきたのか?」
猛ダッシュで家へ帰ると、ベルが余ったホットケーキを食べながら言った。
ベルの顔を見るとほっとして、やっと緊張の糸がほぐれた。
「うん。ただいま、ベル」
ベルの隣に腰掛けて、私は一息つく。
「本当に王子が村に来ていたのか?」
ベルの質問に、私はこくんと頷いた。
「まさか村にまで来るとはね。みんなも驚いていたわ。……私たちみたいな身分の低い種族から婚約者を選ぶなんて国王様が許さないと思うし、なんなのかしら」
冷やかしなのだとしたら、相当馬鹿にされている。
「さあな。王子には王子なりの考えがあるんじゃないか? いいのか? お前にもチャンスがあるかもしれないぞ」
「いい。私、肉食動物って苦手だもの。昔からえらそうにふんぞり返ってるイメージしかないし……特にライオンなんて、見てるだけで身体が震えるもの」
前世の記憶を思い出し、私は身震いする。
「そんなこと言ったら、俺も一応肉食動物の類なのだがな。見た目だって、人間要素の強い獣人と違って俺は獣そのものだろう」
「ベルはいいの! 私が嫌なのはノーブル国の上流階級の獣人たちよ。ライオンに関しては……いろいろあって、そもそも苦手なだけ」
「そうか。まぁ、嫌なら無理に王子の前に姿を晒す必要はない。王子もこんな辺鄙な村に長居はしないだろう」
そうだといいな。とりあえず、私は騒ぎが収まるまで家でベルと待機してようっと。
……今までは、こんな狭い世界で生涯を終えることに不満があった。広い世界に憧れて、人間に会いたいという願望だってあった。
でも、ライオンの獣人に会っただけでこんなに怯えてしまうのだから、私は外に出ることに向いていないのだろうか。誰かに強引に手を引っ張られない限り、私はこの村以外のどこにも行けない気がする。だけど――。
「ベルも一緒にいて、親友のマリルーもいて……これ以上の贅沢なんて、きっとないのよね。うん」
ベルに寄り添いながら、私は静かに呟いた。
「急にどうしたんだ? 悟りでも開いたか?」
「私、今の暮らしでもじゅうぶん幸せなんだなって思っただけよ」
温かなベルの毛にもたれかかっていると、なんだか眠くなってきた。さっき起きたばかりだというのに。お腹が満たされたのと、小窓から差し込む陽の光が気持ちよすぎるせいだ。
「リーズ、眠いのか?」
「うん……十分だけ、このまま寝てもいい?」
「ああ。時間が経ったら俺が起こしてやる」
ベルの言葉に甘えて、私は静かに目を閉じた――そのときだった。
外のざわざわとした人の声は次第に大きくなっていき、止む気配はない。なにが起きているのか気になった私はホットケーキは後回しにして、一度外の様子を窺うことにした。
玄関のドアそーっと開ける。すると、ありえない光景が視界に飛び込んできた。
サラサラの金髪を風になびかせ、見たことのない高価そうな服を身にまとい、颯爽と歩いているひとりの男――。
あまりのスタイルのよさと綺麗な顔立ちに、おもわず目を奪われる……が、彼の頭に生えている黒色の先の丸い耳と、ピンと伸びた長い尻尾を見た瞬間、私の心臓が大きく跳ねた。
――あ、あれはライオンの耳と尻尾の形。だけど毛色が黒ってことは……間違いない。彼がレオン様だわ!
鼓動が早まる。これは決してときめきの鼓動ではない。言うならば、緊張と恐怖が入り混じったドキドキである。
さっきも言ったが、私は前世のトラウマでライオンが苦手なのだ。
今までライオンの獣人なんて、雲の上の存在で関わることがなかった。それが逆に、私としてはありがたかったのだ。それなのに――なんでレオン様が村にいるの⁉
私はドアをバタンッと閉めると、ドアを背もたれにして深呼吸をした。
「……どうしたのリーズ? なにかあった?」
「へっ? い、いや……まさかとは思うんだけど……レオン様が村に来てるみたいで」
「えぇっ⁉ 王子が⁉」
マリルーはものすごい勢いで走り出すと、私を押しのけて外へ飛び出した。
「きゃーっ! 噂をすれば本物のレオン様が! なにしてるのよリーズ、行くわよ!」
「わ、私は大丈夫だからっ……」
そう言っているのに、マリルーはお構いなしに私の腕を掴んで強引に王子のほうへ向かわせる。
レオン様の周りにはすでに人だかりができており、村の女性たちはみんな目がハートになっている。レオン様はそんな住人たちに、にこやかな笑顔を振りまいていた。……もっと怖そうな人かと思っていたが、案外そうでもないのだろうか。いや、どちらにせよ、私にとっては怖い存在以外の何者でもない。
「ここに王子が来てるってことは、あたしたちも婚約者探しの対象ってことよね? だったらアピールしないと!」
「ちょっとマリルー! 私はいいってば……! って、聞いてる⁉」
私の腕を掴んだまま、マリルーはずかずかとレオン様のもとへ歩いていく。どんどん近づく王子との距離に、私の心臓はまたバクバクし始めた。
「レオン様ぁ―っ!」
王子を囲む人だかりの輪に入ると、マリルーが大きな声で彼の名を呼ぶ。すると、レオン様が私たちのほうを振り向いた。
「……っ!」
ばっちりと、王子のオレンジ色の瞳と目が合う。おもわず息を呑み、勝手にうさ耳がピクリと反応した。
――た、食べられる!
ただ目が合っただけなのに、頭の中で警報が鳴り響くような音がした。
「ごめんマリルー……。私、家でベルと待機してる」
「えっ? ちょっとリーズ、いいの⁉ こんなこと、二度とないかもしれないよ!」
その場から走り去る私に向かって、マリルーがそう叫んだ。
二度となくたってかまわない。それどころか、早く村から出て行ってほしいとすら思っていた。
「……なんだ。もう戻ってきたのか?」
猛ダッシュで家へ帰ると、ベルが余ったホットケーキを食べながら言った。
ベルの顔を見るとほっとして、やっと緊張の糸がほぐれた。
「うん。ただいま、ベル」
ベルの隣に腰掛けて、私は一息つく。
「本当に王子が村に来ていたのか?」
ベルの質問に、私はこくんと頷いた。
「まさか村にまで来るとはね。みんなも驚いていたわ。……私たちみたいな身分の低い種族から婚約者を選ぶなんて国王様が許さないと思うし、なんなのかしら」
冷やかしなのだとしたら、相当馬鹿にされている。
「さあな。王子には王子なりの考えがあるんじゃないか? いいのか? お前にもチャンスがあるかもしれないぞ」
「いい。私、肉食動物って苦手だもの。昔からえらそうにふんぞり返ってるイメージしかないし……特にライオンなんて、見てるだけで身体が震えるもの」
前世の記憶を思い出し、私は身震いする。
「そんなこと言ったら、俺も一応肉食動物の類なのだがな。見た目だって、人間要素の強い獣人と違って俺は獣そのものだろう」
「ベルはいいの! 私が嫌なのはノーブル国の上流階級の獣人たちよ。ライオンに関しては……いろいろあって、そもそも苦手なだけ」
「そうか。まぁ、嫌なら無理に王子の前に姿を晒す必要はない。王子もこんな辺鄙な村に長居はしないだろう」
そうだといいな。とりあえず、私は騒ぎが収まるまで家でベルと待機してようっと。
……今までは、こんな狭い世界で生涯を終えることに不満があった。広い世界に憧れて、人間に会いたいという願望だってあった。
でも、ライオンの獣人に会っただけでこんなに怯えてしまうのだから、私は外に出ることに向いていないのだろうか。誰かに強引に手を引っ張られない限り、私はこの村以外のどこにも行けない気がする。だけど――。
「ベルも一緒にいて、親友のマリルーもいて……これ以上の贅沢なんて、きっとないのよね。うん」
ベルに寄り添いながら、私は静かに呟いた。
「急にどうしたんだ? 悟りでも開いたか?」
「私、今の暮らしでもじゅうぶん幸せなんだなって思っただけよ」
温かなベルの毛にもたれかかっていると、なんだか眠くなってきた。さっき起きたばかりだというのに。お腹が満たされたのと、小窓から差し込む陽の光が気持ちよすぎるせいだ。
「リーズ、眠いのか?」
「うん……十分だけ、このまま寝てもいい?」
「ああ。時間が経ったら俺が起こしてやる」
ベルの言葉に甘えて、私は静かに目を閉じた――そのときだった。