別れを選びましたが、赤ちゃんを宿した私を一途な救急医は深愛で絡めとる
魅力的な人
雲ひとつない空は高く、空気が澄みわたっている。
遠くの山々が、赤や黄の衣をまとい始めた初秋の今日は、とても気持ちがいい。

秋といえば食欲の秋。
この時季はおいしいものがたくさんあって、食べすぎてしまうのが玉に瑕(きず)だ。


弁当屋の『食彩亭(しょくさいてい)』で働き始めて一年半。二十八歳の私、本宮心春(もとみやこはる)は、ストレートの長い髪をひとつに束ねて三角巾をつけた。

もうすぐ、名物の日替わり弁当〝食彩御膳〟を求める人たちであふれるはずだ。

食彩亭を切り盛りしているのは、『味楽(みらく)』という一流料亭で板前をしていた、五十代半ばの重(しげ)さんこと三輪重雄(みわしげお)さんと、奥さまの恵子(けいこ)さん。

ふたりが作った弁当を売るのが私の仕事。


「心春ちゃん、今日の食彩御膳はこれね」


できたてホヤホヤの弁当を私に見せる重さんは、少々強面だけれど優しい人だ。
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