別れを選びましたが、赤ちゃんを宿した私を一途な救急医は深愛で絡めとる
あふれてくる涙がぽたぽたと地面に落ちても、それを拭う余裕すらない。


「陸人、くん……」


そうだ。私は彼をそう呼んでいた。


『陸人くん、危ない!』


あのときそう叫んだら、あの男が私をめがけて包丁を……。

陸人さんを逃がそうと声をあげたがために刺された私を目の前で見て、自分の代わりに犠牲になったのだと、彼が罪の意識を抱いたとしても不自然じゃない。

命は助かっても、ひどい傷痕を背負って生きることになったのを知っていて、外科医を志し、そして私の前に現れたのだ。

吉野さんの言うように、陸人さんは私を愛してなんかいないのかもしれない。

ただ、私に傷を残した償いをしようとしているのだろう。

あまりの衝撃に混乱した私は、しばらく涙を流し続けた。


すさまじいショックで放心状態の私は、なんとか家にはたどり着いたもののなにを考えたらいいのかすらわからないほど混乱していた。


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