マリアの心臓
いつか、もしものときがあったとき。
アタシが、天使になれる日が来たとき。
アタシの中の何かが、誰かのためになればいい。
そんな願いをこめて、あらかじめ、必要とする人にアタシの臓器を提供することのできる「ドナー」に登録していた。
病院生活に捧ぐしかなかった、長くて短い人生で、そう覚悟を決めたのはもはや自然の摂理のようなものだった。
おそらく、アタシが倒れたあと、アタシの心臓が「優木まりあ」に移植されたのだろう。
「でも……どうしてだろう……」
看護師さんから、聞いたことがある。
移植した心臓から、持ち主の記憶が流れ込むことがあるのだと。
アタシの、コレは、真逆。
彼女の身体に、心臓だけじゃなく、アタシ自身の意思まで宿ってしまった。
夢か、うつつか。
神様のいたずらか、奇跡か。
よろこべばいいのか、かなしめばいいのかもわからない。
だけど。
アタシにできることは、ひとつだけ。
「まりあ、支度はできた?」
「体はなんともないか?」
ノック音とともに、優木まりあの自室であるピンクの空間に、彼女の両親がやって来た。
「本当に学校に行くの?」
「まだ休んでてもいいんだぞ?」
泣き虫なお母さん、過保護なお父さん。
制服の着方、ツインテールの結い方。
どれも、身体に残っていた彼女の記憶が、教えてくれた。
おかげで生活には支障はない。
まだ混乱状態で、すべてが明確にわかるわけではないけれど。
「退院したばかりなんだから無理することないわ」
「本調子じゃないだろう?」
「……うん……」
記憶があっても、“彼女らしく”ってむずかしい。
彼女の両親が心配を募らせてばかり。
ごめんなさい。
だけど、アタシにできることは、彼女の代わりにせいいっぱい生きることだけだから。