マリアの心臓
グサリ――左の目が、赤黒く、染まった。
『いや……いやぁああ!!』
男の前に立ち塞がったおれに、少女は悲鳴を上げた。
『な、なんだこのガキ!?』
『う、ウノく……! 血が……!』
噴き出す鮮血。
神経をもぎとる強烈な衝撃。
生理的にこみあげる涙の洪水。
そして、濁り、かすんでいく世界。
それでも。
独りきりで泣いていたときのほうが、何億倍も怖くて、つらくて、耐えがたかった。
……なんて、やっぱりおれは、おかしくなってしまったんだろうな。
『ウノく……ウノくん……!!』
『――ちゃん……おれ……』
『ごめっ……ごめん……! ごめんなさい……!!』
カッターの落ちる音。
悲鳴を聞きつけて駆けつける足音。
眼球の裂ける不快音。
それらを丸ごと包みこむように、少女がおれを抱き寄せてくれた。
だんだんと速まっていく鼓動は、どちらのだろうか。
『ごめっ……アタシのせいで……ごめんね……っ』
『ちがう、よ……きみは、悪くないよ……』
身体、全部が、熱い。
弱かった脈の下で、焦がれていく。
この熱が罰ならば、おれはよろこんで受け入れるよ。
『きみの、おかげなんだ』
『え……?』
『きみのおかげで、はじめて、強くなれた』
今なら、自分のことを好きになれる気がする。
まだほんのちょっとだけだけど。
『ありがとう』
だから謝らないで。自分を責めないで。
お願いだよ。
おれ、きみと、仲良くなりたいんだ。
どうか。
……どうか。
ふ、と血のにじむ瞼に、何かが当たった。……気がした。
そう、気がしただけ。感覚はほとんどなかった。
けれど、そのやわい感触だけは、なぜか鮮明に感じ取れた。
雨? ……ううん、ちがう。
涙だ。
『ありがとう、は、アタシのセリフだよ……っ』
あぁ、そうか。
きみが、泣いてくれたんだ。
おれのために、想ってくれてるんだ。
それだけで、もう、痛くないよ。
安心したように視界を堕とした。
左のほうから淀んで消えていく。
温かな雫の落ちた瞼を、もう一度、開いたら。
また、きみに、会えるだろうか。