マリアの心臓
後悔は、してねえよ。
「あの子、今ごろどうしてっかな……。元気かな……」
「……」
「また、会いてえな……」
「……」
「……って、おまえに言っても仕方ねえか」
「……」
おれから話しておいて、優木にわかるわけねえよな。そもそも寝てるし。
おれはなんで、話したくなったんだろう。
初恋の子のことは、今まで誰にも話さなかったことなのに。
不意打ちで「ウノくん」なんて呼ばれたせいかな。
それとも……。
「……その名前のせいかな」
――プルルル、プルルル!
感傷に浸っていると、異質な歌が鳴りだした。
び、びっくりした……。
なんだ、おれの携帯か。
今ので優木が起きて……ねえか。
ほっとしつつ、携帯の画面を見れば「衛」の表示が。
「ん? 衛? ……あっ、やべ!」
そうだ、忘れてた! 今日は神亀の仕事があったんだった!
電話に出ると、案の定きびしめに急かされた。
了解。急ぎます。
「またな、優木」
携帯を机の上に置き、まとめてくれたプリントの山を抱える。
日直お疲れさま。これはおれが運んでおくよ。
寝ている優木を起こさないように慎重に、速やかに、教室をあとにした。
「……、」
パタン……と、閉じ切った扉の向こう側。
ふるりと空を撫でた長いまつ毛が、淡く艶めいた。