マリアの心臓
「アホか」
「アホだな」
「アホすぎ~」
あんなヤツを取り逃がした昨日のオレを、𠮟りつけてやりたい。
冷静にやれると思っていた。
けど、全然、ちっとも、いつもどおりにできていなかった。
……最悪だった。
「あいつが店に入ったら、おれらも行くか?」
「さんせーい。……って、あいつ、入口通り過ぎたけど?」
「走ってどこ行くんだ?」
「なんか笑ってるし。こわ~」
「知り合いでもいたのか?」
高級ブティック店の近くにある、装飾の凝った街灯の下。
携帯を手に、じっと佇んでいる女子高生に、中年男はにやつきながら声をかけた。
「え、ナンパ?」
「キモ~」
「……いや、あれは、」
「衛?」
赤みを帯びた茶色いくせっ毛。
きれいに結ばれたツインテール。
セーラータイプの制服。
あれは。
……あいつは。
「きみ、昨夜ここにいたよな?」
「あ、あの、あなたは……?」
「あの不良のガキどもの連れかい? ちょっと私についてきてくれるかな?」
「……ッ」
袖から覗く細い手首を、中年男が強引につかみかかる。
オレは思わず走り出しそうになり、必死に衝動を抑え込んだ。
だめだ。
行っちゃだめだ。
昨日の二の舞になる。
自分で自分の首を絞めるわけには……!