マリアの心臓
「離して!」
凛と、張り上げられた、いとしの声。
はっとして目を向ければ。
太く丸っこい豚の手が、空に払われていた。
「触らないで」
「な……」
殺気とはまたちがう。
得も言われぬ圧迫感があった。
どこまでも気高く、美しく、オレなんかよりよっぽど強い。
「待ってるヒトがいるの。そのヒト以外、この身に触れてはいけないわ」
怖がればいいのに。
一目散に逃げちまえばよかったのに。
そしたら、きっと、こんな苦しい思いをすることもなかった。
オレたちが会うこともなかったんだ。
「チッ……昨日のガキといい、生意気だな。いいから来い!」
「きゃっ!?」
「こいつをダシに、あいつらをけちょんけちょんにしてやる……!」
「痛い……っ、離して……!」
懲りずに手首を鷲掴みにされた。
簡単に振り払われないよう、骨を折る勢いでぎちぎちに握られる。
白い肌が赤くなっていく。
中年男は鼻息を荒くしながら路地へと連れ込んでいく。
ぷつん、と。
オレの中の何かが、切れた。
「クソアマは黙って従ってりゃいいんだよ!」
「いや……触らないで……! 触れていいのは、あなたじゃ……っ」
「――まりあっ!!」
頭に血がのぼったオレを、誰にも止められない。
強く、強く、地面を蹴った。