マリアの心臓



昔、母さんに聞いたことがある。

鈴夏、という名前の由来。


鈴の音を鳴らし、夏の輝かしい海を包みこむような神さまの愛を受け取って、産まれた子。


それならば、と、妹が産まれたときにボクが名付けた。



世界をつなぐ広い海を守る、聖なる母のように、愛にあふれたいとし子。

――それが、きみだよ、マリア。




ボクの愛は、マリアが教えてくれたんだ。


だからどうか、奪ってしまわないで。



たとえ神さまでも、許せそうにないから。





『え……? マリアが、虐待……?』




その事実を知ったのは、中学生になりたてのころだった。


学校に母さんが電話をかけてきたのだ。
先生に呼ばれ、受話器を取れば、取り乱した様子で母は言ったのだ。



『お父さんがね……っ、マリアに……暴力を……っ』



受話器を落としそうになった。


実はそれがはじめてじゃないこと。
無関係の少年を巻きこんでしまったこと。

ほかにも何か言われた気がするが、あまり覚えていない。


すぐには信じられなかった。



だって。

最近は、仕事帰りにマリアに会いに行ってるって、聞いていた。

だけど。

病室で父さんと遭遇することは、ほとんどなかった。



……マリアを傷つけようと思えば、いくらでもあったのだ。


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