マリアの心臓
「で、でも、じゃあ……あれは……? 昔、転院先で、って……!」
「アタシが、お母さんに頼んだの。死んだことにしてくれ、って」
ごめん、ごめん、と。
喉が枯れるまで謝り続けた母さんの涙声が、脳裏をよぎった。
あの『ごめん』は、まさか……。
「ど……どうして、そんな、嘘を……」
「アタシがいたら、また、苦しめてしまうと思って」
「そんなこと……!」
「うん、わかってる。愛してくれてたから傷をつくったこと。でもね、アタシも愛しているから……」
「っ、」
「だからこそ、解放してあげたかったの」
『いっしょう、まもってやる!』
あの日、交わした約束は。
ボクが守らなきゃいけなかったのに。
マリアだけが、ずっと、背負ってくれていた。
ずるいよ、マリア。
最期の瞬間まで、ヒトのために生きていたんだね。
「約束、破っちゃってごめんね。ずっと守ってくれてありがとう」
「ちがう……ちがうよ……! ボクはマリアに……!」
否定しようとすれば、人差し指で制される。
ほろりと不透明な雫が伝った。
「アタシ、幸せだったよ」
幸せ『だった』……。
わかっていたことだ。
なのに。
過去形ではっきりと言われると、心臓がずしんと重たくなる。
「お兄ちゃんも、幸せになってね」
別れの言葉のようだった。
……あぁ、そうか、そうだよな。
これは、奇跡だ。
奇跡は、一生ものじゃないから、奇跡と呼ぶんだ。
「家族仲良く、愛してね」
「……うん、愛すよ、ずっと」
せめて、ボクだけは。
昔と変わらず、一生を信じ続けるよ。
だから、さよならは言わない。
今はまだ神さまに惨敗中だけれど、いつか、また。
何度でも、会いに行く。
待っていて、いとしの天使。