マリアの心臓
ここ最近、エイちゃんは学校をサボりがちだった。
アタシの登校時間には、必ずといっていいほど会えず、すれちがってばかり。
途中から来る日もあれば、放課を待たずに帰ってしまう日もあった。ウノくんやお兄ちゃんを引き連れていくときもあった。
声をかけようにも、かけられなかった。
すべて、わざと、だったのだろうか。
……でも、拒絶されていたころとは、ちがうような気がした。
だから、アタシは、声をかけなかった。
「衛さま! 衛さまだ……!」
「麗しい……! かっこいい……!」
「鈴夏センパイと羽乃くんもいるよ! 朝イチに見れるなんてラッキー!」
「……でも、なんか……いつにもまして傷だらけじゃない……?」
「最近はいつもそうじゃん!」
「あの傷が逆にワイルドで最高」
1ヶ月ぶりくらいだろうか。
彼と真正面から向かい合うのは。
その端正な顔には、王子さまとは思えない傷が目立っていた。
即席の絆創膏で埋まった頬。
痕の目立つ額。
緑に変色した顎。
半袖のシャツの下から覗く腕にも、似たような傷が数え切れないほど刻まれていた。
「そういえばさ」
「あのうわさ、ほんとなのかな?」
「衛さまが神亀やめるってやつ……?」
「えっ、まじ!?」
「……だからあんなに傷を……?」
「でも鈴夏センパイと羽乃くんと一緒にいるじゃん!」
「ただ単に仲良しなだけじゃない?」
会わずにいた間に、日々は劇的に変わっていく。
びっくりした。
心配もした。
けれど。
青く透けた双眼は、今までで一番、純度の高い輝きを放っていた。
その輝きが、アタシを捕まえて離さない。
アタシのことも、きらきらさせてくれる。
ひとつ、まばたきをした瞬間。
その瞳はアタシでいっぱいになる。
「エイ、ちゃ」
「まりあ」
「っ!」
「……はよ」
ドキッと、した。
「え! えっ!?」
「今、衛さま……悪女にあいさつ……した?」
「嘘でしょ!? まじ!?」
「うおおおお! 俺らの姫、ついに報われたか!?」
「まりあちゃん! バンザーイ!」
「あんたたちうるさいわよ、あいさつ程度で。……でも、ま、よかったんじゃない?」
テンションが上がったり、下がったり。
思い思いのリアクションが沸き起こる。
当の本人は、夏といえども依然とクール。
みんなの注目をかっさらったまま、颯爽と通り過ぎていった。
校舎に入っていくうしろ姿は、どこかたくましく、誇らしげに見えた。