マリアの心臓
「衛のヤツ、変わっただろ」
「変わったというか、帰ってきた、のほうが合ってるかもね〜」
アタシを挟んで、右からウノくん、左からお兄ちゃんが、あのうしろ姿を自慢げに見やる。
青色を食べきった銀色のメッシュが、晴れやかに流れる。
「今までずっとあきらめてきたけど、最近すげえやる気出してさ」
「汚い仕事をやるだけやって、潔く足洗う宣言しても、さらなる地獄見せられて。……それでも、生き抜いた。ほんと、かっこいいよ、あいつは」
「そうそう! あいつ、もうすぐ借金返……ぃんくぐ!?」
「はーい、お口チャック。それは衛にナイショって言われてただろ?」
「あ、やべ」
お兄ちゃんの手で塞がれた口を、すぐさま自分の手でも覆い隠す。
今さらだったけれど、運よくアタシには聞こえていなかった。
ぼんやりと目で追っていた。
大きな背中が校舎の奥へと消えてしまうまで。
「なあんか言いたいことある顔してるな、マリア」
その視界を覗き込んできたお兄ちゃんに、図星を突かれ、思わず微苦笑して肩をすくめた。
「……バレてた?」
「そりゃわかるよ」
「え? おまえら、いつの間に仲良くなったんだ?」
「前世から〜」
「は?」
素っ頓狂なウノくんを横目に、ふたりして笑い合う。
背中にやさしい圧がかかる。
お兄ちゃんが、押してくれたんだ。
いとしいな。
離れがたいな。
……でも、もう痛くないよ。
「いってらっしゃい」
「? よ、よくわかんねえけど……が、がんばれ?」
「うん! いってきます!」
元気よく走り出した。
鼓動のリズムに乗って、硬い地面を踏みしめる。
息は上がるけれど、苦しいわけじゃない。
楽しくて、気持ちがいい。
アタシは、今、自由だ。