マリアの心臓
「待って、エイちゃん!」
「……?」
階段に行き着く手前。
人の流れの引いた廊下の角。
そばに留まってくれた、淡い影へ。
いちにのさんで、飛びこんだ。
「おはよう!」
「……え?」
「あいさつ! ちゃんと、返したくて」
ぽかんと間の抜けた反応をされた。
エイちゃんのそんな表情、見たことない。かわいいね。
……って、そうじゃないよね、うん、わかってる。
言いたかったこと、実はこれだけなんだよね……。あいさつだけしに来るって、やっぱり変だったかな?
でも、今日はどうしても言いたくて!
「あー、えっと……えっとね……」
「教室」
「……へ?」
「行かねえのか」
「い、行く!」
同じ階にある、隣りあった教室まで、ふたりきり。
そんなことはじめてで。
うれしくてつい、先に階段をのぼった。
二段目でくるりと体を向け、ゆるりと笑ってみせる。
「行こ、エイちゃん!」
自然と声がはずむ。
プリーツスカートがひるがえる。
もう一弾、上へ、上へ。
「オレ……」
「ん?」
エイちゃんのつま先が、一段目に乗せられた。
「オレ、おまえのこと、」
静かに見つめ合う3秒間。
近くて、遠いふたり。
差しこむひだまりは、アタシの足元を焼いていく。
「お、れ…………っ……」
「……」
「……いや、」
「……」
「……やっぱ、なんでもねえ」
「……、うん」
それで、いいんだよ。
アタシのほうから視線を逸らした。
軽やかに階段を駆け上がっていく。
ドキドキと、殻を打ち破ろうとする心臓に、朝独特ののどかな空気をめいっぱい送りこんだ。
身体が生まれ変わるように澄んでいく。
そして、それぞれの扉へと、アタシたちは真っ直ぐ突き進んでいった。