マリアの心臓
「体育館で何があった?」
渡り廊下を歩いている途中。
ふと足を止めたエイちゃんが、沈黙を破った。
「エイちゃんこそ、どうして体育館に?」
「それは……」
アタシをちらりと見ては、すぐに逸らされる。
今朝よりボタンひとつ多めに開かれた襟元から、やや汗ばんだ鎖骨が覗く。
いくら待っても答えが紡がれることはなく、春にしては夏めいた温度を風ばかりがはやしたてる。
アタシに何か用があったのかな。
用事でもない限り、アタシ――「優木まりあ」に近づいてくるはずないもん。
「ケガは?」
「え?」
「ケガ」
ようやっと口を開いたかと思えば、なぜかそんなことを聞いてくる。
「ケガはしてないよ?」
「……そうか」
「劇をしてたの」
「劇?」
「うん。楽しかったなあ。あんなに遊んだの、はじめて」
遊びって言っちゃ、まずいかな。
でも、それくらい心躍り、はずむ時間だった。
青春って、こんな感じなんだなあ……。
「すごく楽し……っ、ごほっ」
「お、おい……!」
「ごほっ、ごほっ……あ、れ? 楽しみすぎちゃったかな……?」
さすがに退院後、初の登校日に、心臓を働かせすぎた。
両親にまた泣かれちゃうかもなあ。
……それは、やだなあ。
夕焼け空を仰げば、茜色の光に染まるエイちゃんも見えた。
もどかしそうに、それでいて怯えているように、そのきれいな瞳が潤んでいる。
「……やだ、エイちゃんまで、泣かないでよ……」
「……っ、夢でも見てんじゃねえの」
「はは……、これ、夢かあ……夢、かもなあ……」