マリアの心臓


ドク、ドクドク、ドクドクドク……。
だんだん、確実に、脈が速くなっていく。


心臓だけは自分のものなはずなのに。

ちっともうまく操れない。


生まれたときから、一生、叶わない。




「じっとしてろ」

「え? ……わっ!」




ふわっ、と突然、身体が宙を浮いた。

お姫さま抱っこされてる。そう気づくには、思考がにぶくなりすぎた。


咳き込むアタシの背中をさすってくれる、大きな大きな手は、どこまでもやさしかった。




「……オレと関わるから、こうなるんだ」




誰もいない保健室まで運びこまれ、慎重に降ろされる。

けれど、つぶやかれた言葉は、どこか投げやりで。

ちがう、と否定しても、1ミリたりとも受け取ってくれない。


アタシはただ、もらったやさしさを、ありのまま返してあげたかったのに。




「もう、オレとは関わるな。いいな?」




そのまま立ち去ろうとする彼の手首を、反射的につなぎ止めた。




「本当にいいの……?」

「っ、」




だって。

だって……。


アタシ、知ってるよ。




「“あたし”とあなたは……許嫁、だったんじゃないの?」




そう、知ってるんだよ。

けっして一方通行な関係じゃなかったこと。



“あたし”にとってのあなたは、あなたにとっての“あたし”。

将来を約束した、かけがえのないヒト。



単なる同級生の枠組みでは、語り尽くせない“想い”があった。

そのすべてを、切り離したりしていいの?


苦しくない?
さびしくない?

心臓のあたりが、痛くならない……?




「……ああ、そうだ。“だった”んだ」




目に見えないものをも、乱暴に振り払い、彼は静かに背を向けた。




「もう過去のことだ。今は、おまえとはちがうんだよ」




何が、どう、ちがうと言うの。

ふたりは、今、たしかに、同じ世界で息をしているのに。



もらったやさしさが、儚く消えてしまいそうで、虚しかった。


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