マリアの心臓



『まりあちゃん、どうしてないてるの?』

『……っ、あのね』

『うん』

『まりあ、またママとパパと、はなれなくちゃいけないの……』




涙をこらえようとしても、無理で。
嗚咽をこぼし、咳まで出てきてしまう。

少年は隣に座って背中をさすってくれた。




『びょういんで、にゅういんしなきゃなんだって』

『びょういん? まりあちゃん、ケガしてるの?』

『……うん。まりあのハート、いたいいたいってゆってるんだって』




うなだれていく少女の頭に、ひらり、桜の花びらが舞い落ちる。

その花びらを取ってあげた少年は、嬉々としてそれを少女に贈った。




『はい、これ!』

『え?』

『このはなびらも、ハート! だからね、いたいの、きっともらってくれるよ!』




いたいのいたいのとんでけー。
と、花びらにふっと息を吹きかける。

タイミングよく、また、頭上から新たな花びらが降ってきて、ふたりは思わず笑った。




『あっ、ほんとうだ! いたいの、ちょっとなくなった!』

『もっとハートあつめよ!』

『うん!』




地面を彩る大量の花びらを、無邪気にかき集めていく。

全部使って、大きなハートの形にして遊んだ。

泣いていたことなど、すっかり忘れるくらい楽しかった。




『ねえねえ、エイちゃん』

『んん? なあにまりあちゃん』

『また、まりあとあそんでくれる?』

『うん! あそぼ!』




間髪入れずに笑顔でうなずいてくれたのが、うれしくて。

テレビで見た外国のあいさつを、見様見真似でやってみる。


ちゅ、と。

かわいらしいキスを、少年のほっぺに落とした。




『えへへ。ありがとう、エイちゃん』




好きとか、きらいとか。
そんなむずかしい感情なんか知らなかった。

ただ、一緒にいたかった。



どの記憶よりも古くとも、いちだんと輝かしくて、甘美で。

魔法がかかったかのような瞬間だった。



そうして出会い、仲良くなったふたりは、じきに「許嫁」という関係を結ぶことになる。

でも、ふたりの関係に名前がなくたってよかった。


幼き日の約束があれば、それで幸せだった。



なのに。




――ねえ……っ。


――どうして……。



――どうして、エイちゃん……!



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