マリアの心臓



「…………ホームルーム、始まんぞ」




何ごともなかったように彼は立ち上がる。

聞こえなかったフリ、してるでしょ。
それも、ずるい。




「エイちゃんは隣のクラスだったよね?」

「ああ」

「なのにアタシの出席、気にしてくれるの?」

「…………」




肝心なことには、だんまり。

黙秘権を使いきったら、次はお決まりの悪態でしょ。知ってるよ。


不良だからってずるいことばっかりして、逃げちゃやだよ。


どうか一回くらい、ちゃんと聞いてあげて?




「エイちゃんっ!」




ふたりをつなぐ赤い糸は、アタシがつかんで離さない。


離れかけた彼の裾を、力いっぱい握りしめた。

反射的に身を反らして振り返る彼に、背伸びをして声を張り上げる。




「“あたし”は、今も好きだよ!」

「っ……、お、オレはおまえなんか」

「約束、忘れてないよ!」




言わせない。

言わせるもんか。


そんな歯がゆい表情で渡された言葉は、あの花びら以上に大事にできっこないよ。




「せめて……この想いだけは、拒まずに憶えていて」

「……っ」

「お願い」




裾を握る力が、強くなっていく。

それに比例して、真剣な目つきがだんだんと弱まっていく。


彼は下唇を噛み、顔をそらした。

無理やりアタシの手をはぎ取り、校舎の中へ行ってしまう。




「あ……エイちゃ……」

「……また、」

「え?」

「水、かぶるんじゃねえぞ」




校舎に入る寸前、彼はそれだけ言い残し、去っていった。


あれは、遠回しの、いい返事だったりする……?

アタシが本物の優木まりあだったら、確信を持てたのかな。




「……あれ? ここで水をかぶったこと、どうしてエイちゃんが知ってるんだろう……?」



< 41 / 155 >

この作品をシェア

pagetop