マリアの心臓
「そ、そういや、学校の自称番長から果たし状来たんだろ?」
「切り替え早」
「鈴夏もおれを見習え」
たっぷりの雫をためた右目をごしごしとこすり、羽乃は落ち着きを取り戻していく。
過去に囚われすぎないのが、羽乃のいいところでもある。
よくも悪くも、前向きなんだ。
……オレも、見習わねえとな。
「あの果たし状って結局どうなったん?」
「自称番長ら、3年のヤツらのことな。なんかこの前、果たし状なかったことにするって言われたぜ?」
「……本当か?」
初耳だった。
信じられず聞き返せば、鈴夏は「まじまじ」と大真面目に返事する。
それでも羽乃は疑ってしまう。
「それも作戦とかじゃねえの?」
「そうは見えなかったけどなあ」
「ちょっと怖ぇな……。こっちとしては都合いいけど」
ヒトの言動には、たいてい裏がある。
怪しくないほうが、怪しく思えてくる。
夜な夜なこういうところでこんなことをやってると、そんな考えがしみついて、どうしてもひねくれてしまうものだ。
むやみに信頼できないし、疑心暗鬼になりがち。
これも一種の職業病のようなものだろうか。
だからか、真っ直ぐ来られると……苦しくてたまらなくなるんだ。