マリアの心臓
いつかのヒーロー
沈んでいく太陽を背に、コンクリートを駆けた。
使われなくなった倉庫を中心とした、治安の悪いここら一帯に、規制のかかりそうな音や声がひっきりなしに響く。
飛び散る血反吐を、必死に避けた。いつもはこんなことしねえのに。
いやだった。
勘弁してほしかった。
悪意にあふれたクズども。
血生臭く、きったねえ空気。
……痛覚を狂わせた、オレも。
どうか、あいつの世界とは、無縁であってほしかった。
なのに。
どうしてこんなことになっちまうんだ。
「……クソッ」
「今日の衛、いつにも増して殺気やべえな?」
羽乃が世間話をするテンションで声をかけてきた。
はあ怖い怖い、と棒読みで言いながら、片手間に敵を2人同時に投げ飛ばした。
「彼女が関わってるからか?」
「……」
「……わりぃ、愚問だったな」
「……ちげえよ」
「ま、鈴子ちゃんが絡んでる時点で、駆り出されるのはわかってたけどな」
ヒトの弱みにつけこむのは、よくある手段だ。
それをとやかく言うつもりはない。
だけど。
あいつには見せたくなかった。
見られたくなかった。
こんな醜い世界なんか。
不幸中の幸いは、倉庫の中に隔離し、できる限り世界を遮断できたことくらいか。
やってらんねえよ。
消えてくれよ、何もかも。