マリアの心臓
「……あれも、気まぐれだったのかなあ」
窓を弾く雨音に混じり、ぽつりと、考えに耽っていた鈴夏がつぶやいた。
何のことかと羽乃が深掘りすれば、「さっき言いかけたことなんだけど」とオレのほうに視線を移す。
「優木まりあってさ、ボクの妹と接点あったっけ?」
「ねえと、思う、けど」
「……だよなあ」
もやもやと曇った様子で、鈴夏はまた意識を沈めた。
こてん、とソファに体が倒れ、ごろごろと左右に振りながら呻いている。
「あいつがどうかしたのか」
「いやあ、ちょっと……うーん……」
「アレだろ、別人みたいになったところ言ってるんだろ?」
自信たっぷりに代弁した羽乃に、鈴夏は「うーーん」とどちらともとれない相槌を打つ。
「ちげぇの? おれは最近の優木、かっけぇなって思うこと増えたぜ?」
「かっこいーとは思ったことなーい」
「じゃあ何だよ」
「何って言われてもなあ……うーーーん……」
あいつは、昔から、かっこよかったよ。
異国の血の際立つオレは、どうやら近寄り難いタイプだったらしく。
年齢を重ねるにつれ、そのことを正しく理解するようになった。
だけど、あいつは変わらなかった。
『あたしはね、エイちゃんがエイちゃんだから、一緒にいたいって思うんだよ。たとえエイちゃんが人間じゃなかったとしても、あたしにとってはどうでもいいことなの』
穢れのない、真っ白なベッドの上。
ついさっきまで苦しくて泣いていた彼女は、気づけば、しとやかにほころんでいた。
オレにはもったいないほどきれいだった。
彼女のためなら、悪魔にでもなってやれる。
本気でそう思ったんだ。
……オレは、魂を売る悪魔を、まちがえてしまったのかもしれない。