マリアの心臓



髪の影にひそめられた、色素の淡い左の眼。

そこに映りこむアタシの輪郭は、単なる反射。


惑わしの鏡を解くかのごとく。
濃厚な彩りを咲かす右の眼に、繊細な感情が広がっていく。




「知ってたから、おれのことを二度も助けられたんだろ」




アタシは、たしかに、知っていた。




「どっから聞いた?」

「……あ、えっと……秘密に、してたの……? ごめん……アタシ、知らなくて……」

「だから、なんで。衛と鈴夏と……そんくらいしか知らねえことなのに」




その義眼を気にしたり痛がったりする素振りを特にしないから、秘密にしていたなんてつゆほども疑わなかった。

安心、していたんだ。


けれど、ちゃんと考えてれば、気づけたことだ。


神亀には敵が多いと聞いている。
そんななかで、自ら、隙を明かすことが、どれだけ枷になりえるのか。



アタシのバカ。

ウノくんは紳士に気遣ってくれたのに、アタシはなんて浅はかなことを……!




「衛から聞いたのか?」

「い、いや……ちが……!」

「じゃあなんで。どうして!」

「……そ、それ、は……」




きっと本当のことを答えたら、納得してくれる。


でも……信じてくれる?

打ち明けたら、どうなってしまうの……?



それは、アタシの、アタシ自身のせいなのに。




「……ごめん、ウノくん」




言えない。

言いたくない。


言うのが、怖い。


アタシのことを言ってしまったら、彼女が消えてしまいそうで。




「……『ウノくん』……?」




耳に直接流れ込んでいた重圧が、不意に弱まった。




「おまえ、いつからおれのこと名前で……?」

「え?」

「今までえらそうに『山本』って呼び捨てしてたじゃねえか」

「っ、あ、アタシ……つい、癖で……」

「癖……?」




はっと両手で口を覆い隠した。

逸る鼓動に、押しつぶされる。



混同、していた。

アタシは、今、優木まりあなのに。


アタシの心臓に残る思い出に、浸ってしまっていた。



また会えると思わなかったんだ。

あの傷痕に光が差していて、うれしかったんだ。


ごめん。


……ごめんね。



困惑した拍子にゆるんだ彼の腕を、思いきりどかし、半ば強引に包囲を抜け出した。

行きはあっという間だった廊下が、ひどく長く、遠く感じた。


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