きみの瞳に映る空が、永遠に輝きますように


 「ただいま」

 
 そう言って、リビングのソファにダイブする。


 「おかえり」


 父は溢れる笑みを調味料に夕飯づくりに没頭していた。


 父は昔からこうで、料理のことになると、周囲は気にせずやりこんでしまう。

 これも私にとってはいつものことだから、と気にせず私も自分の世界に入り込む。



 あの後はもう一度水族館を一周して、帰路に着いた。

 まずは無事今日を終えられた私の身体に感謝して、今日一日のことを振り返る。

 久しぶりに日常的なことをして楽しかった反面、疲れた、というのが率直な感想だった。

 勿論、心の底から楽しめたから言えることなのだけど。


 あとは、透真くんのおかげで私自身が変わったことに気付けたことは今日の収穫だと思う。

 それに、明るくなったと言われたことがこれまでにないほど嬉しかった。

 病気で笑顔を失うのではなく、日に日に増えていったのだと思うと、私の願いが一つ叶ったような気さえした。

 今までは無意識のうちに夢見病と向き合うことを避けていたけど、きっと、その面でも変われたのだと思う。

 病と向き合うには何が正解かは分からないけど、きっと、私の中での捉え方がプラスに寄り、心から笑えるようになったのだろう。

 私自身、透真くんの言葉で救われたのだとも思った。

 「今日は楽しかったか?」

 夕食づくりに一段落ついたのか、父がエプロンを外しながら歩いてくる。

 エプロンをソファの背もたれにかけると、ソファの下に座って私を見つめた。

 それに、うん、と言いながら小さく頷いた。

 「次の火曜日、予定を空けておいて」

 「うん。ねぇ、それだけ?もしかして嫉妬しているの?」

 「そんなわけがないだろう。高校生を相手に嫉妬するほど心は狭くないよ」

 ふーん、と言いながら父を見ると、分かりやすく頬を赤く染めてそっぽを向いた。

 そんな父の姿に、思わず頬が緩んだ。

 父が、子離れ出来なくなっているみたいで、そんな一面も愛おしくて仕方がなかった。


 《今日はありがとう、楽しかった》

 父が再び料理に戻った後、今日のお礼を言っておきたくて透真くんにメールを送った。

 返事がすぐに来ないと分かっていてもいつまでも画面を開いて待っていた。

 既読、という文字が待ち遠しくて、変わらぬその画面に吸い込まれてしまいそうになりながら。

 《俺も楽しかったよ。ちょうど水族館に行きたかったし》

 《そうなの?》

 こういうのは時間をおいて返した方がいいのだろうが、ついつい対面で会話するときの癖が出てしまい、すぐに返信してしまった。

 《うん、今日は誘ってくれてありがとう》

 《いえいえ、喜んでくれてよかった》

 「夕飯までまだかかるからゆっくりしていていいよ」

 それを聞いた私は、分かった、とだけ言い残して階段を駆けあがり自室のベッドにダイブした。

 疲労を感じているにもかかわらず、まだ身体が軽い。

 今だったら空も飛べそうだけど、これを透真くんに言ったら笑われてしまいそうだから心に留めておく。


 次のお出かけはどこに行こう。

 画面を閉じてベッドに仰向けになって考える。

 水族館に行ったことだし次は動物園にでも行こうか。

 それとも、海や山に行こうか。

 考えてみても、透真くんの好みも、私が本当に生きたい場所も、何ひとつわからなかった。

 そして、結局どこに行っても幸せなんだろうな、というところに帰着した。

 《今度はどこに行く?》
 
 暗闇に光るその先には携帯があり、透真くんからの通知が来ていた。

 《透真くんの行きたい場所はあるの?》

 咄嗟に疑問を疑問で返すという会話としては正しくない返信の仕方をする。

 彼と行きたい場所が思いつかなかったわけではない。

 透真くんと同じ時を刻めるならどこに行ったっていい。

 だが、どの内容なら話していいのかが分からなかった。

 今も、遊びに行ったのは夢だったのか、現実なのか、私ははっきりと判別できなかった。

 数日分の私はどこかに行っていたのか、はたまたそれは全て夢なのか。

 以前ならある程度時間が経過すれば理解できていたことが出来なかった。

 そこで、改めて自分には時間がないことを悟る。

 そして、それは透真くんも同じだ。

 彼は私よりももっと短い余命宣告を受けていた。

 そこで、二人に残された時間があまりにも短いことに気が付いた私は、すぐに手を動かした。

 これが最後のやり取りになるかもしれないと考えずにはいられず、一文字一文字が憂鬱だ。

 明日、いや数秒後にさえこの世に存在しているかは分からない。

 《また花火がしたいな》

 あの日、夜空を見上げて語り合ったように、その何気ない日々を欲していたのだと送った後に気が付いた。

 それが正解なのかは分からないが、出来ないことが増え、過去の当たり前が失われつつある今、私にはその考えが一番しっくりきていた。

 《それもいいな》

 《でしょ。透真くんの行きたいところはどこなの?》

 《蒼来と世界の果てに行ってみたい》

 同時に入力していたのだろう、送った瞬間に返信が返ってきた。

 私はその言葉に頬が緩む。

 世界の果てはどんなものなのだろう。
 
 透真くんの発言に首を傾げたくなったが、彼の言う、世界の果て、を自分の目で見てみたいと思った。

 《いいね》

 考えても分かりそうにない世界の果てを見るという提案にそう返信した。

 天国なのか地獄なのか。

 近くにあるのか、地球の裏側にあるのか。

 何度も考えてみたがやはり分かりそうになかった。

 その後、彼から連絡は返ってこなかった。

 彼の言う世界の果ての答えはまたいつかに持ち越された。
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