きみの瞳に映る空が、永遠に輝きますように
向かいに座り、いつものように他愛のない話で盛り上がる。
「お腹空いただろ。降りたら何食べたい?」
「ポップコーン食べたいな」
「いいな、食べよう」
「うん、透真くんは?」
「俺はラーメンかな」
「それもいいね、両方食べようかな」
「そうだな。じゃあ俺はチュロスも食べよう」
「いいね」
食事の話をする透真くんの目は数分前に比べて輝いていたし、声のトーンも少し高くなっているような気がする。
おそらく私も同様だろうが。
遊園地と言えば乗り物の次に食事だと思っている私からすれば今日は何でも食べられる天国のような日だ。
夢見病患者には基本的に食事制限はないのだけど私の場合は、健康は食事から、に従う父によって家で食べられるものには制限がある。
脂っこいものは月に3回出るか出ないかだし、それこそラーメンなんて半年に一度食べられたら良いほうだ。
透真くんはどうなのか分からないが、あの目の輝きを見た限り、少なからず同様の制限があるのだと思う。
「最後に一ついいか?」
4分の1ほど進んだところで透真くんは私の目を見た。
その目は先程とは変わって、微妙に弱弱しさを感じるまでになっていた。
無理に真剣な顔つきになっているような気がした。
「言い残して成仏できずに蒼来のストーカーになりたくないからさ」
そう言った後、死んだらストーカーじゃないか、といつものようにクシャっと笑った。
私は、なんでも話して、と言って向き直した。
「俺さ、蒼来が夢見病だと知ったとき、奇跡だと思ったんだ。勿論、喜んだわけではないよ。だけど、凄い確率だと思った。最初はそれだけだった」
私はただ透真くんの話に頷くだけで、言葉は出なかった。
同じ思いを抱いていたことには思わず喜びが込み上げた。
だが、彼がこの後に話すであろう最後に話しておきたいことの内容を考えるのが怖かった。
何を言い出すかという恐怖ではなく、それを受け止められるかという恐怖だ。
それから、透真くんは黙り込んでいた。
彼の喉に言葉が閊えて話そうにも話せないといった状況だった。
観覧車は頂上というところで透真くんはまた口を開いた。
「俺、蒼来と出会えてよかった。蒼来と過ごした日々が俺の日常だった。未来のない俺は誰かと時間を共にしていい立場ではないと分かっていた。だけど……」
そこでまた止まった。
でも、息を吸う音がする。
涙で濡れた顔と心の奥底から、たしかに音がしていた。
それが彼との日々を思い出させる。
苦痛も幸せも、そして日常を共有して駆け抜けた日々が私の涙腺を刺激した。
短かった時間が、これまでの人生で最も濃かったような気がする。
どんなに大きな幸せにも勝るほど。
「俺は蒼来が好きだ」
その言葉を聞いた途端、私は尚更なんて言っていいか分からなくなった。
透真くんの傍にいると安心したのも、透真くんと共にする時間を心待ちにしていたのも、きっと彼が同じ病気だったからではない。
本当は、透真くんという存在に心惹かれていたからだ、と。
ここで初めて、恋をしていたのだと自覚した。
でも、お互いもう長くはない。
どう応えるのがお互いに傷付かない最適な方法か、私には分からなかった。
「今言われても困るよな。忘れてくれていいから」
透真くんは頭を掻きながらそう言い、窓の外に視線をやった。
好き。
そのたった二文字を言えばいいのだろうが、この気持ちを伝えたところで気まずくなった時のことを考えて行動に移せない。
あと一歩、でもその一歩は今後の彼を苦しめるかもしれない。
もうすぐ死を迎える人間が幸せになって良いわけがない。
耳元で見知らぬ何かはそう呟いた。
その言い分が分からないわけではないし、その考えが自分の中にもあるからこそどうしていいのかが分からなくなっているのだ。
これが私の性格なのだ。
やはり決めきれずに現実から逃げようとしている愚かな者だ。
だけど、最後までこんな自分でいるのはもっと愚かで最低な人間だと思う。
もう自分の気持ちに嘘をつきたくなかった。
「私もだよ」
「え?」
「私も透真くんのことが好きだよ」
実際に言ってみると後悔は全くもってなかった。
というより、透真くんの反応を見て安心したといったところだろうか。
今の透真くんの表情は私が見たことないような笑顔を浮かべ、一番星のように輝いていた。
「これは夢じゃないよな?」
「うん、現実だよ」
「よかった」
観覧車はあっという間に一周し、それと同時に徐々に意識が遠のいていく。
夢にもいつか終わりが来ることは分かっていたけど、これが終わり方なら呆気ない終わり方としか言いようがない。
せっかく気持ちが結ばれてこれからだというタイミングだったのに。
そんなことを思いながらも運命に逆らうことはできず、無駄な抵抗は諦めて身体を預けた。