溺愛もふもふ甘恋同居〜記憶喪失な彼のナイショゴト〜
***

 信武(しのぶ)には申し訳ないけれど、日和美(ひなみ)としてはハッキリ言って、今の信武からの仕草と笑顔は不意打ち過ぎて〝ヤバかった〟のだ。

 だって――。
(今の、今の、今のっ! どう見たって不破(ふわ)さん!)
 だったから。

 不破と初めて出会った日、病院で同じようにされたのをふと思い出して胸の奥がキュッ、と切なく(うず)いた。

 先ほど信武の口から聞かされた通り、〝不破は(まぎ)れもなく信武の一部〟なのだと言うことを、まざまざと思い知らされた気がして――。

 日和美は大急ぎで信武の手を払いのけると、バクバクとうるさい心臓の音を信武から隠したいみたいに数歩後ずさった。

「おい、日和美……」

 信武が何か呼びかけてきているけれど、今はあえて無視。

「わ、私っ。お風呂に行ってきます!」


 いつもなら信武へ先に入ってもらうところを、現状から逃げ出したい一心でパタパタと慌ただしくその場を後にして。

(私、バカなのっ!?)

 テンパる余り、脱衣所まで本を抱えてきてしまった。

 日和美には本をふやけさせる可能性のある半身浴をしながら読書をたしなむ嗜好(しこう)はもちろんのこと、蒸気がこもりがちな風呂場近くに本を持ち込む趣味だってない。

 風呂上がり、通気が余り良くないここの湿度が駄々上がることを知っているから尚のこと。

 一旦はピシャリと中から閉ざしてロックをかけた扉だったけれど、日和美は本だけでも避難させようと、恐る恐るそぉっと開けてみた。

 ――途端。
 ヌッと伸びてきた大きな手を扉の隙間に差し入れられて。

「ふギャッ!」

 思わず可愛さのかけらもない【素】の悲鳴が喉の奥から絞り出されてしまった。
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