溺愛もふもふ甘恋同居〜記憶喪失な彼のナイショゴト〜
「一人ってそんな感じになりません?」

 言ったら「確かに」とクスクス笑われて、日和美(ひなみ)もつられて笑顔になる。


「お前はこれな」

 一旦リビングを離れてキッチンから戻ってきた信武(しのぶ)が、ほわりと甘い香りが湯気に乗って漂うマグを日和美の前に置いた。
 それを見て、日和美が「ココア?」とつぶやいたら「ああ」と答えながら、自身は日和美の正面に座る。

「フードストッカーん中にあったから。鉄分も補給できるし血行もよくなって身体もぬくもる。腹痛が落ち着くまではコーヒーとか紅茶はやめてこういうの、飲んどけ」

 自分はブラックコーヒーを飲みながらそんなことを言う信武に、わざわざ飲み物、別々に作ってくれたんだと思ったらそれだけで幸せな気持ちになれた日和美だ。


***


「――じゃあ、気ぃ付けてな」

 いつもなら日和美が出た後で出かける信武だったけれど、時間が押していると言うのは本当なんだろう。

 今朝は一緒に玄関を出て。

 向かう方向が逆だったから、アパート前で別れたのだけれど、日和美が「行ってきます」をしたら信武にそう声を掛けられて、何だか無性に照れ臭くなった。

 数歩歩いたところでちらりと振り返ったら、信武は彼と初めて出会った日――。布団を彼の上に落っことした時にスーツ姿で歩いて来た方角へ向けて逆走中で。

 信武の背中を見遣りながら、日和美は信武のマンションはあっち方面なんだな、とぼんやり思った。
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