溺愛もふもふ甘恋同居〜記憶喪失な彼のナイショゴト〜
 せめて生理が終わって……。
 この、イライラムカムカのブルー期が過ぎ去ってからなら、何を聞かされてもまだ堪えられる気がした。

 そう言えば今日は昼食も食べ損ねたけれど、何だか夕飯も食べる気になれなくて、水分くらいしか口にしていない日和美(ひなみ)だ。

 そのくせ未だにそんなにお腹が空いていないことに自分自身驚いて。

(私、ストレスで痩せちゃえるタイプなのかも……)

 今までメンタル面でこんなに負荷を感じたことがなかったから知らなかった。

 母親を亡くしたときは幼な過ぎて記憶にないし、数人いた彼氏と別れた時も、不思議とそんなにショックじゃなかった。
 あれは今思えば、自分にとってその程度の人たちだったということなんだろう。

 信武(しのぶ)のことがあって、日和美は今更のようにそんな当たり前のことを思い知らされた。

 今までの日和美なら、何があっても萌風(もふ)もふ先生の作品さえ読めば元気になれたのに。

 今はそんな気分にもなれない。

 でも――。

 日和美はふと思い立って、棚から『犬姫』を取り出した。
 『犬だと思ったら姫でした!?~俺の愛犬が最高にイケイケで可愛すぎる件について~』、というタイトルを見るとはなしに目で追って、相変わらずあらすじ張りに長いタイトルだなと思って。

 パラパラとページをめくって裏表紙見返し部分の著者の写真を見た日和美は思わず息を呑んだ。

 ――えっ。ちょっと待って……。この人……。

 著者近影は和装で、市松人形みたいにさらりと髪を下ろしているから気付かなかった。

 あのポニーテールに薄桃色のワンピース姿の彼女。

 今日信武と一緒にいたのは、萌風(もふ)もふ先生だったのだ。

 だからあの時、彼女を見て既視感を感じたのだと今更のように思い至って。

 そうだと気が付いてみれば、あれは日和美が敬愛してやまない、萌風(もふ)もふ先生に違いなかった。
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