溺愛もふもふ甘恋同居〜記憶喪失な彼のナイショゴト〜
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「あ、あの……ごめんなさい、信武(しのぶ)さん。もしかして……貴方にとって萌風(もふ)先生であることはその、トップシークレットだったんじゃないんですか?」

 期せずしてそれを暴くみたいになってしまったと気に病んでいる様子の日和美(ひなみ)を、信武は「バーカ」と《《ねぎらった》》。

「俺が本気で秘密にしてぇと思ったら、お前を丸め込む嘘なんざいくらでも思い付けるんだよ」

「えっ?」

「なぁ、忘れちまったの? 俺はプロの作家なんだけど。虚構の世界を作り出すのなんて朝飯前だと思わねぇ?」

 実際嘘を嘘で塗り固めて自分が萌風(もふ)もふであることを隠すことは、小説のプロットを練る作業に似て、やろうと思えば造作もないことだったはずだ。

 だが、信武がそうしたくなかったのだから仕方がないではないか。


***


「――そう言えば信武さん。記憶が戻られた日に持ってらしたオフィスラブものがあったじゃないですか。あれって……」

「ああ、これのことだろ?」

 日和美の視線がカウンターの端に置いたままにしていた文庫本に移ったのを確認して、信武は日和美から離れるとそれを手に取った。

「お前の部屋で『犬姫』を見た時に何か思い出せそうな気がしてな。本屋で同じジャンルの本を見たら記憶が戻るんじゃねぇかと思って……」

 いつも自分が萌風(もふ)もふとして書いてきたはずのバリバリのファンタジーものには反応しなかったばかりか、拒絶反応さえ覚えたのはある種の現実逃避だったのだろう。実際、当時の信武はファンタジーものを書くことに少々辟易(へきえき)していたのだ。
 そんな中、あのときの不破(じぶん)が、『犬姫』にだけやたら刺激を受けた理由は、亡くしたばかりのルティシアが絡んでいたからだと今ならハッキリ分かる。

 でもあの時の自分には分からなかったから。

 ざわつきの手がかりを求めるべくアパートを後にしたのだ。

 とりあえず本屋……と思ってみたものの、日和美の勤め先に行くのは何となくばかられて逆方向――結果として自宅マンションがある側へ向かって。
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