溺愛もふもふ甘恋同居〜記憶喪失な彼のナイショゴト〜
***

「あ、あのっ、信武(しのぶ)さん……」

 ギューッとTシャツの(すそ)を引っ張るようにして日和美(ひなみ)がリビングに入って来て、信武は思わずホットミルクを用意しようと蜂蜜へ伸ばしていた手を止めた。
 
(やべぇ……)

 声には出さなかったけれど、それが風呂上がりの日和美を見た瞬間に思った一番最初の感想だった。

「日和美、また〝さん〟が付いてるぞ」

 心の中の動揺を押し隠すようにして何とかそんな指摘をすれば、日和美が戸口のところに突っ立ったままソワソワと眉根を寄せる。

「し、のぶ。その、申し訳ないんだけど……そこの、鞄……。それをこっちに向けて滑らせてもらっても……いい?」

 恥ずかしそうにふわふわと視線を彷徨(さまよ)わせながら、それでもちらりとカウンターそばの鞄へ視線を投げかけた日和美に、信武は『あ……』と気が付いた。

(そう言やぁ俺、さっき……)

 バスタオルとTシャツは脱衣所に持って行ったけれど、下着類は一切準備していなかったことに気が付いた。

(よく考えたら鞄自体を脱衣所に持って行ってやっときゃあ日和美が中から勝手に要るモン選べたよな)

 などという単純なことにも今更ながら気が付いた。

(俺も相当テンパってたってことか)

 日和美の荷物を勝手にあさるのは良くないとは思ったけれど、鞄そのものを移動させるのは何の問題もなかったはずだ。

 洗面所兼脱衣所へ向かう入り口に向かって、板目が縦方向に並んでいるリビングダイニングのフローリング。

 日和美が望むように、ボーリングの球みたいに勢いよく滑らせてやれば、鞄は彼女の足元まで難なく届くだろう。

 だが、そうしたら日和美のことだ。恐らく太ももがむき出しで超絶眼福な彼シャツも脱いで、自分が持参したパジャマに着替えてしまうに違いない。

「要るのは下着だろ?」

 そう思ったら、つい意地悪をしてやりたくなった。

「あ、あのっ」

「床滑らしたらフローリングに傷が付いちまうかも知んねぇし。要るモンだけ俺が取ってやるよ」

 本人の目の前でなら荷物の中身を(あらた)めたって問題ないだろ?と言わんばかりの口振りで日和美の鞄そばにしゃがみ込んだら「ダメっ!」と日和美が駆け寄ってきた。
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