溺愛もふもふ甘恋同居〜記憶喪失な彼のナイショゴト〜
「キャッ!」

 不意にベッドサイドへ立ち尽くしたままでいた日和美(ひなみ)の手を引いて、腕の中へ閉じ込める。

 そうしてシャンプーの柔らかな香りが漂う日和美の洗いたての髪の毛に鼻先をうずめると、信武(しのぶ)は彼女の腰に回した腕へ気持ち力を込めた。

「この写真さぁ、見た瞬間あんまり可愛くて……俺、心臓止まるかと思ったんだけど」

 元々萌風(もふ)もふとしての信武へファンレターをくれる子たちの中で、山中日和美という女の子は突出している特別な存在だった。

 (みずか)らの経験を交えながら語られる、若い女性特有の感性に満ちあふれた、丁寧で読み込みの深い作品への感想と並々ならぬキャラクターたちへの愛。

 新作が出ようが出まいがお構いなしに毎月律儀に送られてくる、歳時記顔負けの日々のよしなしごととともに綴られる、萌風(もふ)もふ=信武自身の体調を気遣う手紙と、それを裏付けるように時折同封される様々なプレゼント。

 読んでいて照れ臭くなるくらい全身全霊で『あなたと、あなたの作品のことが大好きです!』と訴え続けられていた相手が、山中日和美と言う名を冠したファンだったのだ。

 その子が初めて見せてくれた、自分自身の写真が成人式のそれだったのだけれど。

 好きだと言われ続けてきた相手が、胸をギュッと鷲掴(わしづか)みにされるぐらい好みの顔立ちだったのだ。
 惹かれるな!と言われる方が無理な話ではないか。

 だが、作家とファンという均衡(きんこう)を崩したくなくて、信武はあえて何年もリアクションを起こさずに来たのだけれど。

 ルティの死さえなければ、恐らくそれは今でも継続中だっただろう――。

「日和美は知らなかっただろうけど……俺はもうずっと長いことお前に片思いしてたんだぜ?」

 信武に抱き締められているからだろうか。

 髪の毛の間から見えている日和美の耳が真っ赤になって熱を持っているのが分かって。

 信武は引き寄せられるように日和美の耳朶をハムッと唇で柔らかく()んだ。

「ひゃわっ」

 途端ビクッと身体を震わせて首をすくませる日和美が愛しくてたまらなかったから。

 信武はスマートスピーカーに「《《コダマ》》、部屋の明かりを落として」と命じると、日和美を腕に抱いたままベッドにごろんと寝そべった。

 そんな信武の腕の中。
 日和美がギューッと身体を縮こまらせて、目を白黒させているのだけれど、突如暗闇に包まれた寝室の中ではお互いの息遣いだけが全てだった――。
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