溺愛もふもふ甘恋同居〜記憶喪失な彼のナイショゴト〜
***

「桜の花、すっごく綺麗ね」

「ああ」

 信武(しのぶ)の返事をかき消すみたいに花散らしの風がブワッと吹き抜けて、一〇メートルは離れている信武たちの家の敷地まで山肌に植わった枝垂れ桜が薄紅色の花びらを数枚、はらり、はらりと届けてきた。

「ね、信武。ホントにいいの?」

 信武が手にした大ぶりの骨壺を見て、日和美(ひなみ)が問う。

「ああ、いいんだ。あの桜が満開になったらって……ずっとルティ(こいつ)とも話してきたからな」

 家から見上げることの出来るあの枝垂れ桜が満開になったなら、信武はルティシアの遺骨を庭の片隅に埋葬しようと決めていた。

「最初はな、桜並木に面したペット霊園に預けちまうつもりだったんだ」

 ルティシアとよく散歩で通った桜並木。
 そこにほど近い霊園に、自分の気持ちの整理がついたらルティシアを安置しようと思っていた。

 だけど――。

「自分()の庭ならいつでも会えるし絶対こっちんがいいだろ」

 庭の片隅。

 あらかじめ掘っておいた深い穴に骨壺ごとルティシアの骨を埋めながら、すぐそばにしゃがみ込んだ日和美をじっと見つめた。

 飼い主が穴に入れたものが気になるらしく、ファタビーが興味深そうに穴の中を覗き込んで。

「こら、そんなに近付いたらお前も穴にハマっちまうぞ」

 言いながら信武はゆっくりと骨壺に土を掛けていく。

 真っ白な陶器のふたが、どんどん土に覆われて見えなくなってきて――。

 さすがに寂しさにギュッと胸が押しつぶされそうになったとき、日和美がそっと信武の手に触れてきた。

「私も……手伝っていい?」

「ああ」

 その声を合図にしたみたいに、ファタビーも飼い主二人を真似たいみたいに鼻先で土を掛けてくれるから。

 信武はそんなふたりに囲まれて、小さく吐息を落とす。


 ――ルティシア。俺、もう一人じゃねぇから。


 綺麗に土をかけ終わったルティシアの墓の傍、石屋に頼んで作ってもらった平べったい正方形の墓標に、ハート形をした薄紅色の花びらがひらりひらりと舞い降りた。


   END(執筆期間2022/01/29〜2023/03/26)
< 269 / 271 >

この作品をシェア

pagetop