溺愛もふもふ甘恋同居〜記憶喪失な彼のナイショゴト〜
「……でも日和美(ひなみ)さん。僕はお金も何も」

 もちろん日和美だって、所持品皆無のふわふわさんにそんなもの、求めていない。
 彼女が今求めているのは一刻も早いこの部屋からの離脱のみ。

「そんなの、今は気にしなくていいです。腹が減っては戦は出来ません! つべこべ言わずに行きますよ!?」

 ハッキリ言って記憶を失くして落ち込んでいる人にそれはないでしょう、という強引さでそこまでまくし立てて。

「さぁ、行きましょう……、ふ……」

 〝ふわふわさん〟と呼び掛けようとして、心の中ではずっとそう呼んでいたけれど、それで固定してもいいものか迷った日和美は、珍しく言葉に詰まった。

 相手にも認識されている正式な呼び名がないというのは何とも不便極まりないではないか。


「えっと、提案なんですけど……記憶が戻られるまでの間、仮の呼び名を決めませんか? やっぱりお名前を呼び掛けられないのは不便です」

 それは同時に記憶が戻るまでの間、私が貴方の面倒を見ますよ、という日和美なりの意思表示でもあった。

 お財布と車のキー等が入ったバッグを手に取りながら「……何かこう呼ばれたら嬉しいとか言うのがあったら教えてください」と畳み掛けてみる。

 そうしながらも、しっかりふわふわさんの手を引いて、危険な部屋(アパート)を後にするのは忘れない。
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