三番線に恋がくる
気配を感じたのか。彼がこちらに目を向けた。
私と目が合う。
するとすぐに「おはよう」と微笑んでくれた。

今まででは考えられなかった対応。私たちの関係が少しだけど変わっているのがわかる。

「お、はよう……っ。今日はなんか人が多いね」

いつもより少し混んでいる車内。まずはちょっとした雑談から。
周りの迷惑にならないよう、少し落とした声で彼に話しかける。
彼もやや小さめの声で私に答えてくれた。

「そうだね。○○線が遅延してるらしくて、少しこっちに乗ってきててるみたい」

「そ、そうなんだ。まあ、私はいつも座れないからあんまり関係ないけど」

話しながら、さりげなく彼のとなり……から少し離れた場所に立つ。
同じ扉の前で並ぶように向かい合った。

正面から見ると、彼の整った顔立ちが本当によくわかる。
特に眼鏡越しの鳶色の目。すごく綺麗。
緊張で胸が苦しくなる。喉の奥がギュッとつまるように感じる。

でも、みとれていても何も始まらない。

「あ、あのっ、今日は本、読んでないんだね?」

「え?」

ちょっと驚いたように目を見開く彼。
うっ、しまった。いつも見ていることばれたかな。

心配になったが、彼は特に気にする様子もなく微笑んだ。

「……ああ、うん。この前酔っちゃったから、立っているときは読むのやめようかなって」

「そ、そうなんだ。いつもどんなの読んでるの?」

「うーん……推理小説が多いかな」

彼はそう言って、何人かの作家の名前をあげた。
あまり知らない人が多かったけど、彼が読んでいるというだけて面白そうに感じるから不思議だ。

「そっか。本、好きなんだね」

「ああ。それにいつも始発駅から乗っているから、時間がかなりあって……」

「始発駅なら30分くらい乗るもんね。あ、でも始発駅ってことは、あの子がいるんじゃない?車掌インコちゃん。デンシャマイリマースって話すやつ。私、一度会ってみたいんだよねー」

車掌インコちゃんは、この電車の始発駅の名物だ。
もとは迷い鳥だったのが駅で飼われるようになり、いつしか車内アナウンスを覚えたらしい。

可愛いので見に行ってみたいのだけど、いかんせん始発駅は遠い。

「ああ、そうだよ。毎日みているから、当たり前になっちゃってるけどね」

「そっかー、いいなあ。うちの駅もいればいいのに。車掌文鳥とか車掌十姉妹とか」

「ははっ」

彼が口許を抑え、小さく笑う。
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