三番線に恋がくる
身体をさりげなく彼いる向きから横にそらし、視線だけそちらへと向ける。
これで見ていることはばれにくいだろう。

というか、これはかなり際どいかもしれない。
下手すればストーカー一歩手前だ。私、怖いよ。怪しい人だよ。

どうか、彼がこっちを向きませんように。

(……あれ)

そのまま一駅二駅とすぎて、いつも彼が降りる駅に近づいたとき。
彼の様子が少しおかしいことに気づいた。
本を閉じて、目を伏せている。何度かため息をついた。

……もしかして、具合悪いんじゃないだろうか。

(どうしよう……)

大丈夫かな。心配だ。

声をかける?
でもそれで私に何が出来るのだろうか。
大体いきなり知らない人に声かけられたらビックリするだろうし。もしも、いつも見ていること気づかれたら気味悪がられるかもしれない。

(どうしよう、どうしよう、どうしよう……)

ぐるぐる頭で悩み、足はすくんで動けない。
心配な気持ちと、いやがられたらどうしようという恐怖の板挟みで身動きが取れないでいた。

そのとき、ガタンと一際大きく電車が動いた。
車内が少しだけざわめく。
すぐにお詫びと、運行に問題はないというアナウンスが流れる。

ホッとした空気が満ちる車内。
彼も顔をあげ、深い息を吐いた。

ふと、その彼の顔がこちらを向いた。

「……!」

偶然。
目と目が合う。初めて、彼と目があった。

眼鏡越し、涼しげな目。黒い髪。

その顔は私の距離からでもわかるくらい青ざめていた。

「………」

考えるより先に私の足は彼のところへ向かっていた。
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