三番線に恋がくる
「あ、あの……大丈夫ですか?」

「えっ……」

声をかけると、彼は驚いたように私を見た。

間近で見る、彼の顔。
整った、綺麗な顔立ち。
でも今は苦しそうに歪んでいる。近くで見ると、額にうっすら汗がにじんでいるのがわかった。黒く細い髪が濡れて貼り付いている。

「……ごめんなさい、突然。なんだか具合、悪そうに見えて」

「……」

彼がじっと私を見つめる。
眼鏡の奥の、深い鳶色の目。
唐突に声をかけた私をどんな風に思ったのか、その目の色からは読み取れない。

おせっかいかな?引いてるかな?鬱陶しいかな?

ネガティブなことばから考えて心臓が張り裂けそうだ。

僅かな間のあと。
彼は少し困ったように、だけど柔らかい笑顔を浮かべた。

「……気遣い、ありがとうございます。大丈夫、少し酔ってしまっただけだから」

「え、あ……そ、そうなんですか。あの、じゃあ、えーと……」

車酔いか。
今日、いつもより結構揺れていたもんな。
どうしよう。
自分も家族もあまり酔わないからどういう対応がいいのか、よくわからない。

「本当に大丈夫です。僕、次の駅で降りるので」

「そ、そうですか……でも……」

だけど何かしてあげたい。
だって本当につらそうだし。
でも駅に着くのを速めたりはできるわけないし。

何か……何か……

「……あっ」

偶然スカートのポケットに手を入れて、気づいた。
ノド飴が入ってる。
朝、弟に食べさせたとき、バタバタの拍子にいくつか入れてしまったらしい。
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