それでも私は、あなたがいる未来を、描きたかった。
「翼」

きっと、もうこうやって名前を呼ぶことはないんだろうなー…。

「ちゃんと夢、叶えてね。まずは、T大、合格してね、絶対に」

涙をこらえたせいで、途切れ途切れになってしまった私の言葉を、翼は大きくうなずいて受け止めてくれた。

「あと」

きっと今、すごく不細工な顔をしているだろうな。
最後ぐらい、可愛かったな、って思ってほしいけれど、そんな余裕ないや。

「翼は優しすぎるから……次付き合うときは、翼と同じように、相手のことを一番に考えられる、優しい人と付き合ってね……」

「なんだそれ」

翼は声をあげて笑う。

「そして」

ああ、もう、これを言ってしまったら、終わりだな。

それでも、言わなくちゃ。ちゃんと、伝えなくちゃ。

「ありがとう。今、こんなことを言うべきじゃないかもしれないけれど、翼と付き合えて、本当に良かった」

私は、精一杯笑顔を作る。

何度も好きだと言ってくれた笑顔で、彼とはお別れをしたかった。


「翼、本当に、ありがとう」

私に背を向けて去っていく翼に、私はゆっくりと、頭を下げた。



『俺、吉川のこと、好き』
2年前、梅雨の時期なのにうっかり傘を忘れてしまった私を駅まで一緒に傘に入れてくれた後、頬を真っ赤に染めながら伝えてくれた彼。
いつも自信満々なのに、その時だけは少し不安そうで、そんな彼がすごくかわいくて、愛おしいと思った。


『下の名前で呼んで良い?』
真剣に問いかけた彼に、うん、と頷くと、嬉しそうに、なにかを確かめるように、何度も私の名前を呼んでくれた彼。
彼が呼んでくれる度に、今まで何の感情も持っていなかった自分の名前を、とても好きだと思えた。


『意外と恋愛映画も面白いかも』
普段はアクション映画やSF映画しかみないのに、私の好みに合わせて、デートで一緒に見に行ってくれた彼。
結局、アクション映画やSF映画、全く見なかったな……。
翼、本当は恋愛映画より、違うジャンルの映画、見たかったよね……。
映画だけじゃない。食べたいものも、行きたい場所も、いつも私の意見と気持ちを優先してくれていたな。


『うわ、美味い!!』
バレンタインデー。
料理なんてしないから、凝ったものは作れなかったけど、2回とも、とても喜びながら食べてくれた彼。
その大袈裟な反応は恥ずかしくて、けれどそれ以上にとても嬉しかった。


『大学生になったら、旅行したいよな』
海外旅行したい、と、何気なくつぶやいた私の言葉を拾ってくれた彼。
その後、アジアに行くか、ヨーロッパに行くか、言い合いをした。
そんなくだらない言い合いは馬鹿げていると思いながらも、なんだか楽しかった。


「ああ、楽しかったな」
彼と一緒にいる時間は、穏やかで、まるで陽だまりのようで、それでいて、キラキラしていた。
彼と一緒にいる時間の自分が、とても好きだった。

“誰かと一緒にいる時の自分が好き”

そう思える人なんて、この先、何人と出逢えるのだろうかー…。

自分のスカートに、涙がシミを作る。

お別れしてしまったけれど、それでもやっぱり、彼と付き合えてよかった。

「ありがとう、翼」

空を見上げながらつぶやく。

隣にもう彼はいないけれど、それでも、私の気持ちは少しだけ、彼に届いたような気がした。
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